第15話 【サキュバス編】サキュバス・パニック!? 最強さん。

15-プロローグ ~「最強」さんは彼女持ち。~

 紅羽蓮あかばれんの通う綴編高校ていへんこうこうは、男子校である。


 それはつまり、女子が学校にいないということ。彼らが校内で目にする女性と言えば、美人数学教師の九重ここのえ先生か、用務員のおっさんと同棲しているという美人2人だけ。そしてどちらも、偏差値30のバカな不良になど、これっぽっちもなびかない。


 そんな綴編高校の男子が彼女を作ったとなると、学校内では大きな噂となる。そして、吊るし上げるための盛大な鬼ごっこが始まるのが、この学校の伝統となる風習であった。


「――――――待て死ねコラあああああああああああ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 今日もまた、学校の廊下を大量の不良が、寄ってたかって一人を血祭りにあげようと追い回している。各々が持っている釘バットやノコギリを見る限り、その本気度がうかがえよう。


 窓から映るそんな光景を、屋上のプレハブ小屋にてゴロ寝している蓮は見降ろしていた。


「……アイツらも毎度毎度、よく飽きないよな」

「なんなら、追い回されている木村は、ついこの間まで追い回す側でしたからね」


 蓮の横で、用務員である多々良たたら葉金はがねは、そんなことを言いながらを回している。どうやら用務員の仕事は休憩中らしい。


「……お前は何で、こんなところで陶芸やってんだよ」

「先日萌音もねに、愛用の湯飲みを割られてしまいまして。それでせっかくなので、自作しようと、先日購入しました。ろくろを」

「湯飲みを買えよ。その方が絶対安上がりなんだから」


 多趣味が過ぎる葉金にあきれながら、蓮は「よっこらせ」と立ち上がった。


「止めに行かれるのですか?」

「正直、木村云々はどうでもいいんだけどな」


 首をぼりぼりと掻きながら、蓮はサンダルを履く。その表情は、非常にけだるげだ。


「……彼女いるからって追い回されるのは、見てて気分が悪いからな」


 そう言い、蓮はプレハブ小屋から出て行った。


******


「はあ、はあ……!」

「はははは、追い詰めたぜ木村ぁ!」


 校舎内の壁際に追い詰められた、坊主頭の男子生徒――――――木村は、自分を囲む集団を睨みつけていた。


「覚悟しやがれ、抜け駆けして彼女作った罪は、死で償ってもらう」


 そう宣言する黒マスクの不良が、どこから持ってきたのかわからない鎖を振り回す。ちなみにこの男、マスクしているのはただの感染症対策である。


「……は、ははっ!」


 一方で追い詰められた木村は、ニヤリと笑みを浮かべた。その顔に、取り囲む不良どもの眉が、一斉にゆがむ。


「何が、おかしい?」

「ははは、いやあ……。俺もついこの間までそっち側だったから、わかるぜ。悔しいんだろ? お前ら」


 覚悟を決めたのか、木村は学ランを脱ぎ捨て、タンクトップになる。鍛え抜かれた肉体が、服の下から部分的にあらわになった。

 ポケットからナックルを取り出すと指に嵌め、こぶしを構える。戦う覚悟を決めた、オスの顔をしていた。


「俺は、てめーらごときに殺されるわけにはいかねえ。彼女が……璃々沙リリサが、俺を待ってるんでなぁ!」


 凶悪な笑みを浮かべながら、木村は叫ぶ。彼女の名前が出てきたところで、不良どもは一斉に殺気立った。


「「「殺す」」」


 各々が武器を構える。明らかに不良が持っていいものではない、刃物や鈍器が、木村の眼前に迫る。


 だが、木村は笑みを崩さなかった。武器を構える連中と、自分は違う。それを、はっきりとわかっていたからだ。

 おそらく俺は死ぬだろう。だが、心までこいつらに敗北することは、決してない。


 なぜなら。


「――――――童貞どもが、粋がってんじゃねえよ!」


 男子校のモテない男どもでは絶対に越えられない壁を、自分は越えたのだから。


 そして覚悟を決め、ナックル片手に不良集団へと突き進もうとしたとき――――――。


 木村の進路を阻んでいたはずの校舎の壁が、炸裂した。


「んなっ!?」


 この学校に通っている不良なら、すぐにわかる。学校の壁が砕ける事態など、引き起こせるのは一人しかいない。


 壊れた壁から巻き上がる煙に映るシルエットは、とげとげした頭。ポケットに手を突っ込み、右足を突き出している姿を見るに、前蹴り一発でコンクリートの壁を破壊している。


 その正体を、この学校の不良どもは全員知っている。


「―――――――紅羽の、アニキ……!?」

「……テメエら黙って聞いてりゃよ、彼女がいたらそんなに悪いのか?」


 綴編高校では、彼女ができた男は、大半が血祭りにあげられる。そして、大半はそうなる前に学校をやめる。

 例外なのは、彼女と言っても菱潟高校の尻軽女である場合(たいてい付き合い始めて1週間くらいで浮気される)。


 そして、もう一つは。


「――――――だったら、もテメーらの粛清対象なんじゃねえか?」


 不良どもがどうあがいても、粛清できない奴に彼女ができた場合である。


「え、いや、その……」

「別に俺は構わねえぞ。気が済むまで相手してやるよ」


 マスクの不良が、蓮の迫力に一歩たじろぐ。

 素足でコンクリで破壊するどころか、もっと恐ろしい力を秘める蓮にケンカを売るなんて、この場にいる全員どころか軍隊を雇っても無理だということは、いくら馬鹿でもわかる。

 というか綴編に入学した不良はたいてい、一度は蓮にケンカを売って返り討ちに遭っていた。もう、彼に挑もうという気概など、残っているはずがない。


 おろおろする不良たちに、蓮はじろりと眼光を飛ばした。


「――――――とっとと、どっか行け」


 ぽつりとつぶやいた一言に、木村を囲んでいた不良たちはゆっくりと歩き去っていった。ひとまず命の危機が去った安心感からか、木村はその場で腰を抜かす。


「……た、助かりました、アニキ……」

「ふん。あと、一つ言っとくけどな」


 蓮は木村を見下ろしながら、彼にもジロリと視線を飛ばした。


「彼女持ちみんながみんな童貞じゃないなんて、思ってんじゃねえぞ」


 そうとだけ言い、蓮は壊した壁の向こうへと戻っていった。


 ――――――これが、紅羽蓮。


 冬休み中に彼女ができて浮かれている、「最強」である。

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