14-ⅩⅣ ~大やらかしの後始末~
自分のやらかしたことを理解してからの愛の行動は、非常に迅速だった。というか、あんまりモタモタしていられなかったのだ。急がなければ、蓮の家族がおばーちゃんの家から帰ってきてしまう。
まずは自分の服を床から拾い上げ、服を着る。そして、大急ぎでタオルと着替えを用意した。
汗と、ちょっと自身でも言うのが憚られる液体に塗れて気絶している蓮の身体を、濡れタオルで拭いていく。
蓮の身体を拭いた後、彼の寝ているベッドを、今度は取り替える。こっちも、普通の風邪では考えられないくらいに濡れていたので、替えなくてはならなかった。
「……これ、どうしよう……」
汗を拭きながら、愛は冷や汗をかく。どうしようというのは、蓮の身体中にある青あざ。それは愛が一心不乱につけたキスマークなのだが、これの扱いにたいそう困った。
蓮の頬から足の付け根、太ももや手の甲にまで、本当にあちこちについている……というか、どうしてそんなところに跡をつけてしまったのか。愛にもわからない。
そして、体の中心から末端に至るまでついてしまったキスマークの隠ぺいに、愛は頭を悩ませることになった。
「夜道さん、キスマークの消し方って知ってます!?」
「俺が知るわけなかろう」
「ですよね!」
取り急ぎスマホで、「キスマーク 消し方」で調べる。適度に患部を冷やし、温めてを繰り返して血行を促進するのがよい、ということで大至急、氷を用意する。氷で冷やし、マッサージで温め。そんなことを延々と繰り返して、ようやっと目立つところのマークは消すことができた。
この作業にかなり時間がかかり、時刻は夕方になるちょっと手前。だが、いつ帰ってくるか具体的にわからない恐怖は、愛を大いに焦らせた。
大慌てで窓を開け、消臭スプレーを部屋中に撒く。ジョンを呼んで、セーフかアウトか、判定してもらった。ジョンのOKをもらうにも、なかなかに時間を要してしまう。
すべての証拠隠滅を終えるころには、車の音だけでビクゥ! と身体を震わせるほどだった。
「ぜえ、ぜえ……」
すべての後始末を終えた愛は、蓮のベッドのそばでぐったりと倒れこむ。
「……ご苦労なこったな。お前だって、散々身体動かした後だろうに」
「やめてください……言わないでください……」
ベッドに突っ伏しながら、寝込んでいる蓮を、ちらりと見やった。
「……すー、すー……」
寝息は柔らかく、苦しんでいる様子もない。見舞いに来た時よりも、寝顔は穏やかになっている。額を触ったところ、熱も下がっているようだった。
「……お前が小僧の布団に潜り込んですぐに、小僧に憑りついていたであろう何かが霧散していった。何だったのかは知らんが、もう大丈夫だろ」
「……そっか。よかった……」
布団の中から、手が飛び出ている。愛は無意識に、その手に触れた。
ごつごつしていて、不器用だけど、いつも自分を守ってくれる、優しい手。
そんな手を触っていると、愛しい気持ちが溢れそうになって――――――。
くわっと目を見開いた愛は、即座に立ち上がった。
「――――――帰りましょう、夜道さん」
「え、おい。いいのか?」
「いいんです。もう、看病も終わりましたし」
帰り支度をはじめ、リビングに置手紙を用意しておく。そうして愛はそそくさと、紅羽家から出て行った。
――――――さすがに2回目は、もう隠しきることは不可能だったからだ。
******
それから、1週間。初出勤の日まで、愛は気が気でなかった。
もし、蓮が自分のやらかしたことを覚えていたとしたら……。恥ずかしくて、夜も眠れない。
(……こ、これ、こんなの、私……完全に、完全に痴女じゃない!)
(実際そうだろう。貴族の女だって、もう少し奥ゆかしい迫り方をしていたぞ)
こればっかりは夜道も擁護しきれない。せめて夜道が止めるまで、布団の中でもぞもぞしていただけだったのが救いか。実際何をやっているのかは、夜道には見えていなかった。ナニをしている、ということだけは、はっきりとわかったが。
もちろんこんなこと、他の誰にも言えるわけがない。安里に言うのなど、言語道断だ。蓮にいつ、どんなタイミングでばらされるか、わかったものではない。
(……ま、黙っておけばそうそう気づかれるもんでもなかろう。幸い、お前さんにもやや子はできていないようだし)
(そうなんですか……?)
(霊視を強くするとな。魂の内側に魂が宿っていることもわかる。お前さんの中にはそんなのないからな)
……とまあ、やらかしたことによる最大のリスクは回避できている点については、ひとまず安心できたが。
それでもどんな顔して蓮に会えばいいのか、愛にはわからなかった。
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