14EX-ⅩⅢ ~激動のお正月を終えて~

 安里探偵事務所の営業開始は、年が明けてから1週間。年末年始休みにしては、他よりもたっぷり取っているという自信が、所長の安里修一にはあった。


 そして、年明けの営業開始日。かなり久々に、事務所メンバー全員がそろう日である。自分のデスクで新聞を読みながら、安里はバイト2人の出勤を待っていた。なんなら、今日の仕事は2人の様子を見るところにある。どうせ依頼など来ないのだから。


「……たかが1週間で、そんなに大きく変わることもないと思うのだけど」

「わかりませんよ? 男子三日会わざれば刮目して見よ、っていうじゃないですか」


 事務員の朱部純と話しながら、時計を見やる。始業開始の10分前。早番の蓮が出勤するのは、大体このくらいの時間である。


 そして、想定通りに、蓮は事務所のドアを開けてやってきた。


「おはよーっす」

「おはようございます。そんで、あけましておめでとうございます」

「ああ、おめでとう」


 至極いつも通りに、蓮は荷物を置くと応接用のソファに、どかっと腰掛けた。


「……なんだか、ずいぶん久しぶりな気がしますね。この光景も」

「あ? 何言ってんだよ、たかが2週間くらいじゃねえか」

「そうですかね? そうかも」


 遠い目をしている安里に、蓮は眉をひそめながら、大あくびをしていた。


「……ところで、風邪はもういいので?」

「あ? なんで知ってんだよ」

「あなたを診たの、誰だと思ってるんです。未知のウィルスじゃないかとひやひやしたんですからね?」

「ああ……そういうことか。別に、寝てたら治ったよ」

「寝てたら?」


 蓮の言葉に、安里は首を傾げた。蓮の風邪の由来は、おそらくは怪人NTRリベンジャー。どう考えても、寝てるだけでどうにかなりそうなものでもないと思うのだが。


「本当に、寝てただけなんですか?」

「ああ。きっと疲れてたんだな。怪獣になったりもしてたし。年末年始はゆっくり休めてよかったよ」

「はあ。まあ、元気ならいいですけど」


 見ている限り、蓮の身体も精神も、異常はない。というかむしろ、かつてないほどにリラックスしている気がする。


(……はて、妙ですね。「最強」の蓮さんが日常生活を送るにあたって、力をセーブする以上、どうあってもストレスが付きまとうというのに)


 そのストレスが、蓮からは微塵も感じなかった。以前なら、不機嫌なオーラが常に出ていたものだったが……。


(……ただまあ、目つきが悪いのは相変わらずなんですね)

「何だよ、さっきからじろじろ見やがって」

「え? いや、別に。まあ、健康なら思う存分働いてもらえますね」

「……ちっ」


 舌打ちして、蓮はごろりと寝転がってしまった。どうやら、完全にいつもの蓮に戻ったらしい。ここ最近彼は乱れまくっていたから、なんだか逆に新鮮な気分だ。


(……さてさて、愛さんはどうなってますことやら)


 安里は両手を組んで、時計を見やった。


 彼女の出勤時刻は、お昼前である。


******


「……愛の奴、来ねえな」

「ですねえ」


 案の定依頼が来ることもなく、あっという間にお昼前の時間になった。いつもならもう出勤して、昼ご飯の支度をしてくれているはずなのだ。忘れかけているが、彼女は「家政婦」としての雇用だ。


「休みか? まさか、風邪か?」

「いや、休みの連絡なんて来てませんよ。それに……」


 安里は蓮に目配せすると、蓮は事務所入り口のドアを見やる。ドアは固く閉じられていたが、はっきりと、気配がした。


(……いるのか? そこに?)

(ええ、いますね)


 アイコンタクトで互いに見やると、安里は指をパチンと鳴らした。


 その瞬間、事務所のドア周辺が円状に、ぐるりと回る。


「……うええええええええっ!?」


 ドア周辺に立っていた愛は、回転に巻き込まれて事務所へと引きずり込まれた。


「どーもどーも、愛さん。あけましておめでとうございます」

「……あ、おめでとう、ございます……?」


 まるで芸能人のドッキリにでもあったかのような茫然としたリアクションのまま、愛は安里にされた挨拶をおうむ返しする。


「……何やってんだ、お前」

「れ、蓮さん……その……あの……」


 蓮に対してもじもじとしながら、愛は自席に座る。その様子に、蓮も安里も首を傾げていた。


「……あ、そうだ。お前、正月の時……」

「ぴっ!?」

「……見舞いに来てくれたのに、悪かったな。途中で寝ちまってよ」

「……へ?」


 びくりと肩を震わせた愛だったが、蓮の言葉にぽかんとして、蓮の方を見やる。


「お見舞い。行かれたんですか、愛さん?」

「え? ……ええ、まあ」

「これ。お前、タッパー忘れてったろ」


 カバンからごそごそとタッパーを取り出し、愛に渡す。それは、愛が蓮に作っていった、冷製ポタージュの入っていた容器であった。

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