14EX-Ⅻ ~紅羽家のジンクス~
「おばーちゃん、あけましておめでとう!」
「あけましておめでとう。ほら、上がって。寒いでしょ?」
紅羽家の面々は、父の
家に上がると、朝に食べていたであろうお雑煮の余りと、孫たちに用意していたであろう黒豆と栗きんとんがテーブルに並んでいる。
だが、まずはご挨拶から。リビングの奥の和室にある、仏壇へと向かい、手を合わせる。父方の祖父の遺影が、穏やかな笑顔で飾られていた。
手を合わせ終えると、
「はい、お年玉」
「「ありがとうございます」」
一礼してポチ袋を受け取ると、2人とも素早くポケットにしまう。出しっぱなしにして、過去に母に取られた回数は数知れない。
「……あれ、蓮ちゃんは?」
「ああ、ごめんなさいお義母さん。蓮ちゃんは、風邪ひいちゃって」
「あらぁ。タイミングが悪いわねぇ?」
「色々あったもんですから……」
さすがにおばーちゃんにまで、蓮が怪獣になってクリスマスに暴れていたなんてことは言えない。老人の心臓には悪すぎる話題である。
「それじゃあ、今日、蓮ちゃんはお留守番? 一人で?」
「ええ。でも、ジョンがいるし……私たちがうちにいる間に、面倒見てくれるって子がいたので、お任せしてきちゃいました」
「面倒を? みどりさんの後輩っていう子?」
「いえ。蓮ちゃん、最近お付き合いし始めた女の子がいて。その子が、お見舞いに来てくれたんですよ」
母は本当に、何の気もなく言ったのだろう。なんだったら、「ちょっと気を利かせて、2人きりにしてあげようと思って」と、得意げに言っていたくらいだ。
だが。
「……2人きり?」
「え? はい。ジョンはいますけどね?」
「……そう」
「お義母さん、私手伝いますよ。台所お借りしますね」
それを聞いたおばーちゃんのリアクションは、思っていたのとはちょっと違う、神妙なものだ。その表情に気づかず、母はキッチンへと向かってしまう。
それに気づいたのは、翔と亞里亞の2人だけだ。
父はソファでごろ寝してテレビを見はじめ、母はキッチンで洗い物をしている。残った祖母と孫2人は、リビングのテーブルにて、黒豆をつまんでいたのだが。
「……ねえ、おばーちゃん。さっきの、何か気になるの?」
「え?」
「兄貴が彼女と2人きりってことだよ。なんか複雑そうな顔してたけど」
「あら、気づいちゃった? ……うん、ちょっとねえ」
おばーちゃんはため息をつきながら、栗きんとんを頬張る。それをお茶で流し込むと、ぽつぽつと話し始めた。
「別に大したことじゃないのよ。でも、蓮ちゃんが大丈夫か……ちょっと心配でね?」
「……え、でも。その彼女……愛さんっていうんだけどさ。僕らも何度か会ってるけど、そんな危ない人には見えなかったよ?」
「別に危ないってわけじゃないのよ。ただ、ね……」
おばーちゃんの不安そうな表情は消えない。翔と亞里亞は、そろって首を傾げた。
「……
「ジンクス?」
「
「「……へ?」」
おばーちゃんの言葉に、孫2人はさらに首を傾げてしまった。
「それって、おじーちゃんも?」
「おじーちゃんは婿入りだからねえ。……どっちかと言うと、あれよ、あれ」
そう言って指をさされたのは、鼻歌混じりに食器を洗う母の姿だった。
「「……ああ……」」
孫2人は、それで納得がいってしまう。母のみどりは天然っぷりもそうだが、確かにいろいろと凄まじい女性であることは、実の子供ながらにわかっていた。
それに、翔にも心当たりがある。自分のことを好いてくれている女の子は、確かに凄まじい。だって、夜中に自分の部屋に侵入しようとするからね。
「……でも、愛さん、そこまでかなあ?」
「どうだろ。……でも、凄まじいって言っても、映画の趣味くらいじゃない?」
「そう、だよねえ……」
家に一度泊りに来た時の様子を思い返しても、そんなに凄まじいようには思えないのだが。うーんと考える孫2人に、おばーちゃんは苦笑いした。
「……ま、あくまでジンクスだからね。そうなるって決まってるわけじゃないし。蓮ちゃんの彼女さんは、普通なのかもね」
「おばーちゃんは、何でそんなの知ってるの?」
「私のお兄ちゃんが求婚されたことがあるのよ。……石油王の娘に」
「凄まじいね、それは!」
さらにさらに、そのお兄ちゃんを巡って、3人くらいの凄まじい女が、骨肉の争いを繰り広げたんだとか。ちなみにおばーちゃんのお父さんの奥さん……つまりはひいばあちゃんも、凄まじい女だったらしい。
「……なんか、急に心配になってきたんだけど。兄さん、無事かな……」
「いや、でも、あの愛さんだよ? 何もないでしょ、分別ある人だし」
そんな翔と亞里亞の懸念は、ばっちり当たっているのだが、それを2人が知ることは今もこれからもなかった。
******
同時刻、蓮の部屋と蓮は大変なことになっていた。
その原因は、立花愛。彼女が、盛大にやらかした。
そんな彼女も今、自分のやらかしに気づくところである。
「……いったぁ、何するんですか!? 夜道さん!」
脳天に、魂の芯にまで響くチョップを食らった愛は、涙を浮かべて夜道を睨んだ。
しかし夜道は黙って首を横に振るばかり。そして、下を向くように顎で促してくる。
「下? いったい何が……」
促されるままに下を見て、愛はようやっと、自分のやったことに気が付いた。
まず、真っ先に目に飛び込んでくるのは、泡を吹いて気を失っている蓮の姿。目をまわしている彼氏の顔や首筋、さらにどういうわけか剥き出しになっている上半身のあちこちに、青い痣が点在している。
なんだか、妙に既視感があるような……。と一瞬考えた愛だが、その答えはすぐに出た。いつぞやのオカマ怪人2人にキス攻めされていた時と、状況がかぶる。
そして第2に、自分の恰好。服を着ていたはずなのだが、それらはいつの間にかベッドの下に落ちている。そして今の自分は、下着だけというあられもない姿。汗だくなのも含め、一緒に布団の中に潜り込んでいたのは間違いない。
そして、第3。これが一番、とんでもないことなのだが――――――。それは、愛の身体の内側である。
下腹部に、異物感があった。何か、自分の体の一部でないものが、みっちみちに詰まっている感覚。それと、体をわずかに揺らしただけで、液体がたまっているのがわかる。
愛は真っ青になり、すぐに下を見るのをやめた。自分が何をしでかしたのか、秒でわかったが理解はしたくなかった。ほかにも異様にびちゃびちゃに濡れたシーツとか、気になるところはいくらでもあるのだが、そんなのもうどうでもいい。
「ま……まさか……!!」
くるりと、夜道の方を振り返る。彼は、諦めたように首を横に振り続けるばかり。
「夜道さん、私、私、まさか……!」
気づけば、犬のジョンもいなかった。部屋の匂いはひどい。
「まあ、何をしでかしたのかと言えば……うん」
夜道はコホン、と咳払いをして、苦笑いをする。
「……ナニをした、としか言えないな」
「いいぃぃいやぁああああああああああああああ―――――――――――っ!!」
頭を抱えて悶える愛の下で、蓮は依然として目を回し続けていた。
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