14EX-Ⅻ ~紅羽家のジンクス~

「おばーちゃん、あけましておめでとう!」

「あけましておめでとう。ほら、上がって。寒いでしょ?」


 紅羽家の面々は、父の厚一郎こういちろうの実家へと来ていた。同じ徒歩市にあるのだが、車で20分ほどのところにある。近いとも遠いとも、微妙に言いにくい距離だ。


 家に上がると、朝に食べていたであろうお雑煮の余りと、孫たちに用意していたであろう黒豆と栗きんとんがテーブルに並んでいる。

 だが、まずはご挨拶から。リビングの奥の和室にある、仏壇へと向かい、手を合わせる。父方の祖父の遺影が、穏やかな笑顔で飾られていた。


 手を合わせ終えると、しょう亞里亞ありあにはお待ちかねの、アレが待っていた。


「はい、お年玉」

「「ありがとうございます」」


 一礼してポチ袋を受け取ると、2人とも素早くポケットにしまう。出しっぱなしにして、過去に母に取られた回数は数知れない。


「……あれ、蓮ちゃんは?」

「ああ、ごめんなさいお義母さん。蓮ちゃんは、風邪ひいちゃって」

「あらぁ。タイミングが悪いわねぇ?」

「色々あったもんですから……」


 さすがにおばーちゃんにまで、蓮が怪獣になってクリスマスに暴れていたなんてことは言えない。老人の心臓には悪すぎる話題である。


「それじゃあ、今日、蓮ちゃんはお留守番? 一人で?」

「ええ。でも、ジョンがいるし……私たちがうちにいる間に、面倒見てくれるって子がいたので、お任せしてきちゃいました」

「面倒を? みどりさんの後輩っていう子?」

「いえ。蓮ちゃん、最近お付き合いし始めた女の子がいて。その子が、お見舞いに来てくれたんですよ」


 母は本当に、何の気もなく言ったのだろう。なんだったら、「ちょっと気を利かせて、2人きりにしてあげようと思って」と、得意げに言っていたくらいだ。


 だが。


「……?」

「え? はい。ジョンはいますけどね?」

「……そう」

「お義母さん、私手伝いますよ。台所お借りしますね」


 それを聞いたおばーちゃんのリアクションは、思っていたのとはちょっと違う、神妙なものだ。その表情に気づかず、母はキッチンへと向かってしまう。


 それに気づいたのは、翔と亞里亞の2人だけだ。


 父はソファでごろ寝してテレビを見はじめ、母はキッチンで洗い物をしている。残った祖母と孫2人は、リビングのテーブルにて、黒豆をつまんでいたのだが。


「……ねえ、おばーちゃん。さっきの、何か気になるの?」

「え?」

「兄貴が彼女と2人きりってことだよ。なんか複雑そうな顔してたけど」

「あら、気づいちゃった? ……うん、ちょっとねえ」


 おばーちゃんはため息をつきながら、栗きんとんを頬張る。それをお茶で流し込むと、ぽつぽつと話し始めた。


「別に大したことじゃないのよ。でも、蓮ちゃんが大丈夫か……ちょっと心配でね?」

「……え、でも。その彼女……愛さんっていうんだけどさ。僕らも何度か会ってるけど、そんな危ない人には見えなかったよ?」

「別に危ないってわけじゃないのよ。ただ、ね……」


 おばーちゃんの不安そうな表情は消えない。翔と亞里亞は、そろって首を傾げた。


「……お母みどりさんには内緒よ? 実はね、紅羽家の男って、奇妙なジンクスがあるのよ」

「ジンクス?」

紅羽家うちの男の人ってね。凄まじい女の人に好かれがちなのよ」

「「……へ?」」


 おばーちゃんの言葉に、孫2人はさらに首を傾げてしまった。


「それって、おじーちゃんも?」

「おじーちゃんは婿入りだからねえ。……どっちかと言うと、あれよ、あれ」


 そう言って指をさされたのは、鼻歌混じりに食器を洗う母の姿だった。


「「……ああ……」」


 孫2人は、それで納得がいってしまう。母のみどりは天然っぷりもそうだが、確かにいろいろと凄まじい女性であることは、実の子供ながらにわかっていた。

それに、翔にも心当たりがある。自分のことを好いてくれている女の子は、確かに凄まじい。だって、夜中に自分の部屋に侵入しようとするからね。


「……でも、愛さん、そこまでかなあ?」

「どうだろ。……でも、凄まじいって言っても、映画の趣味くらいじゃない?」

「そう、だよねえ……」


 家に一度泊りに来た時の様子を思い返しても、そんなに凄まじいようには思えないのだが。うーんと考える孫2人に、おばーちゃんは苦笑いした。


「……ま、あくまでジンクスだからね。そうなるって決まってるわけじゃないし。蓮ちゃんの彼女さんは、普通なのかもね」

「おばーちゃんは、何でそんなの知ってるの?」

「私のお兄ちゃんが求婚されたことがあるのよ。……石油王の娘に」

「凄まじいね、それは!」


 さらにさらに、そのお兄ちゃんを巡って、3人くらいの凄まじい女が、骨肉の争いを繰り広げたんだとか。ちなみにおばーちゃんのお父さんの奥さん……つまりはひいばあちゃんも、凄まじい女だったらしい。


「……なんか、急に心配になってきたんだけど。兄さん、無事かな……」

「いや、でも、あの愛さんだよ? 何もないでしょ、分別ある人だし」


 そんな翔と亞里亞の懸念は、ばっちり当たっているのだが、それを2人が知ることは今もこれからもなかった。


******


 同時刻、蓮の部屋と蓮は大変なことになっていた。


 その原因は、立花愛。彼女が、盛大にやらかした。


 そんな彼女も今、自分のやらかしに気づくところである。


「……いったぁ、何するんですか!? 夜道さん!」


 脳天に、魂の芯にまで響くチョップを食らった愛は、涙を浮かべて夜道を睨んだ。


 しかし夜道は黙って首を横に振るばかり。そして、下を向くように顎で促してくる。


「下? いったい何が……」


 促されるままに下を見て、愛はようやっと、自分のやったことに気が付いた。


 まず、真っ先に目に飛び込んでくるのは、泡を吹いて気を失っている蓮の姿。目をまわしている彼氏の顔や首筋、さらにどういうわけか剥き出しになっている上半身のあちこちに、青い痣が点在している。

 なんだか、妙に既視感があるような……。と一瞬考えた愛だが、その答えはすぐに出た。いつぞやのオカマ怪人2人にキス攻めされていた時と、状況がかぶる。


 そして第2に、自分の恰好。服を着ていたはずなのだが、それらはいつの間にかベッドの下に落ちている。そして今の自分は、下着だけというあられもない姿。汗だくなのも含め、一緒に布団の中に潜り込んでいたのは間違いない。


 そして、第3。これが一番、とんでもないことなのだが――――――。それは、愛の身体の内側である。


 下腹部に、異物感があった。何か、自分の体の一部でないものが、みっちみちに詰まっている感覚。それと、体をわずかに揺らしただけで、液体がたまっているのがわかる。


 愛は真っ青になり、すぐに下を見るのをやめた。自分が何をしでかしたのか、秒でわかったが理解はしたくなかった。ほかにも異様にびちゃびちゃに濡れたシーツとか、気になるところはいくらでもあるのだが、そんなのもうどうでもいい。


「ま……まさか……!!」


 くるりと、夜道の方を振り返る。彼は、諦めたように首を横に振り続けるばかり。


「夜道さん、私、私、まさか……!」


 気づけば、犬のジョンもいなかった。部屋の匂いはひどい。むせるような汗と、フェロモンの漂う空間。鼻の利く犬の彼には辛いだろう。


「まあ、何をしでかしたのかと言えば……うん」


 夜道はコホン、と咳払いをして、苦笑いをする。


「……ナニをした、としか言えないな」

「いいぃぃいやぁああああああああああああああ―――――――――――っ!!」


 頭を抱えて悶える愛の下で、蓮は依然として目を回し続けていた。

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