14EX-Ⅺ ~NTRリベンジャーに寝取られた女~

 リングに叩きつけられたNTRリベンジャーの顔に、ビキビキと亀裂が走った。その亀裂は、頭蓋骨から筋骨隆々な全身へと広がっていく。

 亀裂から、白く輝く光が漏れる。NTRリベンジャーは、かつてない苦しみに悶え始めた。愛に殴られていた時よりも、苦しみは激しい。


 この光は、彼にとっては猛毒に等しかった。


 その正体は「激情」。


 愛のこぶしには、すべてに一つの激情がこもっていた。いや、最初からそれありきで戦っていた、と言う方が正しい。

 彼女は最初から最後まで、NTRリベンジャーに対する激しい怒りを抱えていたのだ。

 もちろん、この怪人が原因で蓮が体調を崩し、せっかくの初詣デートをご破算にされた怒りもある。

 だが、この時の愛が覚えた怒りは、そんなまっとうなものではない。


 ずるい。


 許せない。


 私の大好きな人の、心に巣食うなんて。


 彼女のこぶしに乗せられていたのは、NTRリベンジャーへの「嫉妬」である。


 そしてこの感情は、NTRリベンジャーの存在の根幹を揺るがすものであった。


 本来「嫉妬」の感情は、NTRリベンジャーこそが抱えるものである。愛した女がほかの男に奪われ、自分に目もくれなくなってしまった、そんな男たちが抱える劣情の化身。それがNTRリベンジャー。


 奪われた男たちが抱えるのは、怒りや悲しみだけでなく、奪った男に対する「嫉妬」も含まれる。


 この感情の下で、NTRリベンジャーは過去、現在、未来に至るまで、数えきれないほどの寝取り男と寝取られた尻軽女を粛清してきた。もはや概念となっているこの怪人を完全に消滅させる方法など存在しない。この世から、寝取られというものが消滅しない限りは。


 しかし今紅羽蓮の中にいるNTRリベンジャーは、かつてないほどのイレギュラーに直面していた。


 まさか、「嫉妬」の化身たる自分が「嫉妬」されるとは、思いもよらなかったのだ。


 それは同時に、自分が嫌悪している「寝取り」を行ってしまったという図式が、彼の中で成立してしまう。これは、彼の存在そのものを否定する矛盾だ。


 NTRリベンジャーたる自分が、寝取るなど言語道断。全身の亀裂はますます広がり、光が強まっていく。


「――――――――――――――っ!!」


 言葉にならない叫びをあげながら、NTRリベンジャーは爆散した。粉々に砕け散った体は、白い光の粒となって、やがて魂の世界から完全に消えていく。


 愛はその様を見ることもなく、すでに蓮の魂へと向かっていた。


「蓮さん!」


 近づいて、核の中にいる蓮の表情を見やる。まだ、苦しそうにしていた。

「愛に裏切られるかもしれない」という、NTRリベンジャーが植え付けた不安は、元凶が消えても完全に消えるものではない。一度強く印象付けられた感情は、心の奥底でくすぶり続けてしまう。


 なんと余計なことをしてくれたのか。愛は消滅した怪人に対し、激しい怒りでこぶしを握り締めた。


 そして息を吐くと、蓮の魂の核に手を伸ばす。核の中にいる蓮の頬にそっと手を添えると、そのまま自分の胸に抱きよせた。


(――――――私に、裏切られる? 愛想を尽かされる? 冗談じゃないわ)


 直接蓮の魂に触れ、愛は自分の中の感情を、直接蓮に流し込んでいく。


(そんなの、こっちのセリフよ。蓮さん、気づいてないかもしれないけど、悪く思ってない女の子、たくさんいるんだから!)


 ありったけの、愛の中の「愛情」。それを、蓮の中に流し込んでいく。

 せっかく、自分の彼氏になった蓮の心を、他の誰かに奪われる。それこそ愛は、そんなの決して許せない。たとえ相手が、怪人であったとしてもだ。


(――――――蓮さんの心は、。誰にも、奪わせたりしないわ!)


 苦しそうにしている蓮の表情が、徐々に和らいでいった。そしてそのまま、愛の魂の中へと、埋没していき――――――。


「――――――そこまでだ、愛!」

「いったぁっ!?」


 霧崎夜道による脳天への手刀が、魂の世界から現実へと、無理やり引き戻した。

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