14EX-Ⅸ ~蓮の魂の世界にて~
愛がゆっくりと目を開けると、目の前は真っ暗な空間だった。
……ここは、蓮さんの魂の中。
以前モテヘン念の中に入った感覚と似ているが、少し違う。あの時はモテヘン念を媒介として、蓮の精神が投影されていた。
今回は違う。正真正銘、蓮の中。モテヘン念の時よりも、蓮の心のブレが不快感となって、愛の肌にまとわりつく。
(……匂いがする……)
だが何より愛が最も不快に感じるのは、魂の中から感じる、焦げ臭い炎のような匂いだ。匂いをたどりながら、愛は一直線に、目的の場所へと向かっていく。
眉をひそめながら、暗く、足元もおぼつかない世界を歩く。だが、足取りはしっかりと。傍から見れば宙に浮いているように見える光景だったが、彼女の歩くさまがむしろ、その空間に足元があることを認識させるほどだ。
――――――そして、いったいどれくらいの時間がたったのか。永遠ともいえるような、はたまた一瞬ともいえるような。魂の中は、時間や距離といったものが曖昧で、どこにどれれだけ向かっているかもわからなくなる。
だが、愛は目的の場所へと、まっすぐに歩いていた。不快な匂いもそうだが、その先に蓮がいる、という確信があったのだ。
そして。
「……見つけた……!」
たどり着いた先にあったのは、暗闇にぼうっとひかる、赤い光。近づいてみると、小さい球体が弱弱しい光を放っていた。
球の中身をよく見ると、中にはこれまた小さい、うずくまる蓮の姿がある。
(……これは、蓮さんの魂の核……)
霊能力に関して、知識が素人の愛でも、見ただけの感覚でわかる。蓮の魂は、ひどく弱っていた。それは肉体ではなく、精神がひどく衰弱している証拠。強靭すぎる肉体とのバランスが崩れた結果、蓮は風邪をひいてしまったのだ。
そして、その原因は――――――。
同時、愛の側頭部に、強い衝撃を感じた。勢いよく吹き飛んだ愛は、蓮の魂から大きく遠ざかり、倒れる。
「……っ!!」
吹き飛ばされた愛は、すぐさま起き上がる。元の肉体であれば、多分頭蓋骨が砕けて死んでいただろう。
だが、ここは蓮の魂の中。この世界に入り込んでいる愛も、同じく魂だ。そして、尋常でない霊力を誇る愛の魂の強靭さは、現実世界の蓮の肉体に匹敵する。
そして、自分を殴打した相手を、愛はきっと睨みつけた。
真っ赤なこぶしを構えているのは、赤い筋骨隆々の全裸の男。黒いマントをたなびかせ、赤い眼光でまっすぐ愛を見据えながら、蓮の魂の前に陣取っている。
全裸であるのも異様なのだが、さらに異様なのは、頭が人間の頭蓋骨であること。そして、頭蓋骨と、彼の股間が、ごうごうと燃え上がる炎に包まれていること。
怪人、NTRリベンジャー。愛がその名を知る由はなかったが。
神出鬼没の都市伝説の怪人は、自身に敵意を向ける小娘をじろりと見つめる。
「……あなたが、蓮さんを……!」
いつの間にか、愛の両腕にはバンテージが巻かれていた。服装も、タンクトップにハーフパンツ、シューズといった、動きやすい格好に変わる。魂の状態なので、服装も自由自在に変えられるのだ。そして、彼女の姿は、昨日お父さんがテレビで見ていた大晦日恒例の格闘技特番に引っ張られている。
その様子を見ていたNTRリベンジャーも、ファイティングポーズをとった。どうやら、どのような戦いが始まるのか、彼もわかったらしい。
バンテージをきつく巻きながら、愛は間合いを詰めていく。
そして、両者ともにこぶしが届くであろう、間合いまで近づいたところで――――――。
「―――――――おりゃああああああああっ!!」
「―――――――っ!!」
互いのこぶしが交差し、魂の世界に火花が散った。
******
突如聞こえた雷のような音に、紅羽家のはす向かいに住む渡辺さんはぎょっとした。
「うわ、びっくりした!」
「空は晴れてるよ? 天気雨かな?」
窓の外を、帰郷してきた息子が眺めながら言う。彼が家に帰ってくるのは、こういった年末年始くらいだ。サービス業で働いているので、他の長期休暇ではなかなか帰ってこられないのである。
「どうする? これから夕飯のおかず買いに行くの、やめる?」
「でもそれじゃあ、今日の晩御飯どうするのよ」
「……景気よくピザでも頼む?」
「うーん……」
「なら、ウー●ーイーツでいいんじゃない?」
同じく家に来ていた義母が、スマホを片手に得意げに言う。なんかそんCM,見たことあるような。
「……それもいいか。じゃ、今日はゆっくりできるわねえ」
「そうそう。正月くらいゆっくりしたいよ……んっ!?」
窓の外を見ていた息子が、突然変な声を上げた。穏やかなムードだった渡辺家の中が、急に静まり返る。
「どうしたの?」
「いや、変な雲だなぁ、と思ってさ……」
「変な雲?」
渡辺さんと義母は、二人そろって窓の外を見る。その光景に、2人も「はぁ……?」と変な声を上げてしまった。
はす向かいの紅羽さんの家、その上空。
竜虎相まみえるような暗雲が、もくもくと渦巻いていたのだ。
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