14-ⅩⅩⅠ ~不死身の吸血鬼を倒す冴えたやり方~
「――――――まぁ、そういう訳でネ。私も、可愛いアリスちゃんのいるこの街を破壊させるわけにはいかなぶらっ!」
ハンカチで目じりを拭いながら話し始めたあたりが、みんなの限界だった。エイミーの強烈なドロップキックが、トゥルブラの顔にめり込む。
もんどり打って倒れた真祖は、エイミー、葉金、安里によってボコボコに蹴られる。
――――――ふざけんな、死ねっ、ボケェ!
――――――何がサンタクロースだ、結果的にお前の所業はほぼサタンだぞ!
――――――孫に褒められたいからって、女を催眠する奴があるか!
――――――吸血鬼の弱点と言えば、やっぱりニンニクですかね?
――――――冷蔵庫に、チューブのニンニクが残ってるはずですよ。
――――――愛、でかした!
「いやっ! ちょっ! 待って! 痛い! 痛い……って、臭っ! なんか臭いんだけど、何コレ!?」
バタバタともがく真祖は、押さえつけられ、鼻の穴にチューブにんにくを注ぎ込まれている。
詳しい事情を知らない犬飼園長は半ば呆然としていたが、リンチに加わらなかった愛は、すまし顔でお茶を飲んでいた。
「……と、止めなくていいのかね?」
「ほっときましょう。蓮さんにやられても無事なんだから、あれくらい、なんてことないですよ」
その口ぶりからして、犬飼は察した。
リンチに加わりはしていないものの、この娘も相当に怒っている。
「ぐあああああああ! ニンニク臭い! 食べると美味しいのに! やめて! 鼻に直はやめて! 涙が! 涙が止まらないのオオオオオオオオオ!」
ぎゃあああああ……という悲鳴が、誰もいなくなって静まり返った徒歩市にこだました。
******
「あー……やれやれ。まだ、鼻の奥がつーんとするヨ……」
「別に、抵抗すれば逃げられたろうに」
「言ったロ、すいませんでしたって。……多少は、やり返される覚悟もあるんだヨ」
とはいえまさか、ニンニク攻撃を食らうとは思ってなかったが。慣れた手つきでやって来たのを見るあたり、おそらくこの連中はこういう嫌がらせ的な攻撃方法を過去にもやったことがある。そのようにトゥルブラは判断した。
「えーと、第三中学のOGで……あ。この子か。
一方で安里は、PCでトゥルブラの孫娘であるアリスちゃんのことを調べていたらしい。まさか蓮の弟の同級生が吸血鬼の孫とは。実に世界は狭い。
「翔くん? ……って、もしかして、紅羽翔くんのことかい?」
「知ってるんですか?」
「アリスちゃんのクラスで、『テストの救世主』って呼ばれてた子だヨ。期末テストのときに、いつも助けてもらってたって」
(……ああ、なるほど)
愛も安里も、なんとなく実情はわかった。安里はともかく、愛はこの徒歩市で現役の女子高生をやっているからこそ、わかることである。
このおじいちゃんが知っているのかは知らないが、実は徒歩工業高校は、あんまり偏差値が高くない高校だ。いくら日光が苦手で定時制の高校に通うと言っても、女の子なら工業を選ぶことはほぼない。少し遠いが、公立高校で定時制があったはずだ。
それをしなかったということは、その選択肢を選べない。つまり……そこを受験しても、受からなかった、ということか。
なんとなくだが、彼女が学校でどんな風に過ごしていたか、想像することが出来た。きっと、テストギリギリで詰め込むタイプだったんだろう。……勉強できる人の、助けを借りながら。
「……というか、トゥルブラさん。あなた、お気づきにならなかったんですか?」
「何がカネ?」
「あなたをギッタンギッタンにした、今怪獣になっちゃってる男の子。……彼の名前は
トゥルブラの顔が、背景に宇宙が広がる猫みたいになった。
「……何だっテ?」
「まあ、気づくわけないか。クラスメイトの顔なんて、知らないですもんね」
「いや……待てよ。言われてみれば……確かに、髪の色とか同じだったな……?」
「見たことあるのかよ!」
「……俺が言うのもなんだが。あの2人を見たら兄弟だと、一目でわかると思うんだが? そっくりだろう」
紅羽兄弟を見たことがある葉金の意見で、トゥルブラの退路は完全に消え失せた。彼自身、それを理解したのか、白い肌がさらに青ざめている。
「いやぁ、これはマズいですねえ。……ちなみに、翔くんは今、ご家族と一緒にアメリカに避難を余儀なくされています」
「……その、翔くんのお兄さんがあんなふうになってしまったのハ?」
「あなたがお孫さんのクリスマスプレゼントに女子高生を用意しようとしたせいですねえ」
元々、この事態の元凶となったのは自分。それは、トゥルブラ自身も十二分にわかっていることである。
だが、彼が認識しているのは、あくまで「自分のせいでとある少年が怪獣になってしまった」ということ。それが誰か、ということまでは把握していない。
それが、明らかになった。しかもよりにもよって、溺愛する孫娘の友達の兄貴、と。他人と言えば他人と言えなくもないが――――――。
「――――――アリスちゃん、このことを知ったら、どう思いますかね?」
微笑む安里のまったく笑っていない瞳が、トゥルブラに深々と突き刺さる。主に心に。
――――――女の子を無理やり催眠しただけじゃなくて、
「――――――う、うわあああああああああああああああああああああああああ!」
頭の中で孫に軽蔑され、罵倒される声が聞こえたのか。真祖は頭を掻きむしって膝をついた。今まで受けてきたどんな攻撃よりも、深いダメージを負っているのは間違いなかった。
「アリスちゃん! アリスちゃん許してくれえええええええええ! オジーチャン、そんなつもりじゃなかったんだヨォォォォォォォォォォ!」
頭を抱えてうずくまり震えだす。その光景を、事務所にいた全員は、冷ややかな目で見ていた。
頭を抱えて悶えている様子をカメラで撮影した後、安里はコホンと咳払いする。
「……まあ、この事態解決に貢献してくれれば、ある程度フォローはしましょう」
「本当かネ!?」
「死んだほうがマシ、くらいの働きはしてもらいますよ?」
安里の言葉に、トゥルブラは頷いた。
「――――――私にとってのそれは、アリスちゃんに嫌われる以外にないヨ」
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