14-ⅩⅩ ~真祖の邪悪で綿密な計画~

「で? 聞こえなかったんで、もう一回いいです?」

「鬼かネ君!? 私、結構覚悟決めたんだよ!?」

「そういうのいいですから。はい、ワンモア」


 安里が冷ややかな笑顔で促し、トゥルブラは床に手を突いたまま、じっと彼を見やる。

 肚を決めて、トゥルブラは再び頭を下げた。


「――――――エー、この度は、私のせいでこんな事態になってしまい、大変申し訳ございませんでしタ。お詫びとしてご助力したいので、是非ともお願い申し上げたいのですが、いかがでしょうか」

「ですって。愛さん、どうします?」

「私に振るんですか?」

「嫌ならこの場で彼を吹き飛ばして構いませんよ」

「ちょっ!?」


 指鉄砲のジェスチャーをして愛に尋ねる安里に、トゥルブラはぎょっとした。この場で愛の霊流銃レイルガンなんぞぶっ放されようものなら、間違いなく粉みじんになる。ただでさえ現在、蓮にボロクソにやられたダメージは抜けきっていないのだ。くらったら、間違いなく「死ぬ」かもしれなかった。


 愛は少し、手をついているトゥルブラを見下ろした。この構図がより一層、彼女が彼の命を握っていることを強調していた。


「……手伝ってくれるなら、いいです。というか、こんな事で揉めてる時間が惜しいですよ」

「それもそうですね。じゃあ、トゥルブラさんも組み込んで、作戦会議しましょうか」

「ほら、早くこっち来いよ」

「あ、ハイ」


 すくっと立ち上がり、ソファに座る。そうして再び作戦会議が始まった。


「――――――ボーグマン・ギガント出撃まであと5分。そして、ギガントにセットした三角形パーツから、タイミングを見て僕らは事務所から直接直撃。トゥルブラさんには、適宜足止めと援護をしてもらう、ということで」

「任せてくれたまえ。日が暮れた時には、真祖たる力をお見せしよう」


「……ところでジジイ、何であんなことやったんだ?」


 ある程度方針も固まってしまった時、エイミーがポツリと呟いた。それは、全員が気になっていることである。


「今、する話カネ? それ」

「どーせ私らの出番はもうちょい後だ。長けりゃお前が手短に話せばいいだけだろ」

「実は僕も気になってました。どうして、徒歩市この町にしたんです? 美人さんなら、東京とかの方がいるでしょうに」


 蓮の怪獣化のそもそものきっかけ。それはこの吸血鬼トゥルブラが、徒歩市の女子高生にちょっかいをかけていたからに他ならない。愛の友達である平等院十華も攫われかけた、その行動のせいで愛とエイミーも12月の寒空の中、空中戦をやる羽目になったのだ。


「――――――まあ、色々事情があってネ。強いて言うなら、私はサンタクロースになりたかったんだヨ」

「は?」

(あ、もしかして回想入る流れですかね、これ)


 そんな安里の嫌な予感は、的中した。


******


 吸血鬼トゥルブラには今まで、8人の妻がいる。その内の6人は故人だが。


 この男は吸血鬼という種族にしては珍しく、人間の女性と結ばれた。当時そんな彼を疎んじ、煙たがっていた同胞たちも、もういない。皆、数百年という長い時間の中で精神を摩耗させ、あるいはエクソシストに討伐され、死んでいった。


 自分が精神を摩耗せずに生きていけるのは、ひとえにこの性癖のおかげだともいえるだろう。短命の種族を愛し、その度に情熱的な恋をすることで、脳の衰えが軽減されているのだ。


 かつて愛し、老いて死んでいった女たちも、今を生き、現在進行形で愛している妻も、注ぐ愛情は変わらない。そして、その血を受け継ぐ子孫たちにも、彼は平等に愛を注いでいる。


 一番新しい妻は、日本人だった。であったのはおおよそ60年前で、一目ぼれだった。彼女を必死に口説き落とし、事実婚となり、子を設けて。その子もまた吸血鬼となり、新たな人間の伴侶を見つけた。


「―――――――そして、2人の間に産まれたのが、この子だ。可愛いダロウ?」


 当たり前のようにスマホを使いこなす真祖は、愛たちに画面を見せる。


 映っていたのは、パッと見吸血鬼とは思えない、普通の人間の少女である。



四半混血クォーターともなると、さすがに人間としての性質の方が強くなってしまうからネ。私のような超能力は使えないんだが……可愛いダロウ?」


 じろり、と周囲を睨むように見遣るトゥルブラは、さっき叫んだよりも威圧感があった。


 確かに、可愛い……というか、普通だ。普通に可愛い。

 あくまで一般的な日本人としてのセンスだが、可愛い。身長はちっちゃめであり、平均よりちょっと痩せ気味くらいか。髪も年頃の女の子らしく、ちょっとしゃれっ気を出してウェーブをかけたセミロングだ。


「――――――まあ、可愛いんじゃないですかね」

「そうだろうそうだろう! 小学校の頃はそりゃあもう男子にモテモテでネ! いやぁ、私が美男子だからって、孫まで絶世の美女にならなくてもいいのにネェ!」


 孫をほめられた途端、急激にテンションが上がる。こんな真祖を見て、その場にいる全員はなんだか嫌な予感がした。


「―――――――それでネ、私の目に入れても痛くないほど可愛い孫、阿理栖ありすちゃんなんだが。今年めでたく、高校に入学したのだヨ」

「……もしかしてこの写真、卒業式の写真ですか?」

「その通り! わざわざルーマニアからお祝いに行ったからネ!」


 そう。この卒業式の写真には、件のアリスちゃんの制服姿が映っていた。


 その制服が、愛たちも見たことのある制服姿だったのだ。


「――――――徒歩とある第三だいさん中学校……!」


 それは、蓮の妹である紅羽亞里亞ありあが現在進行形で通い、その兄の蓮と翔が卒業した中学校であった。その制服は、近所である愛も見たことがある。ぎりぎり校区外だったので、彼女は通っていないのだが。


「―――――デネ。問題はこの後なんだヨ。アリス、高校に進学したんだが、私の血のせいか日光が苦手でネ。全日制ではなく、定時制の夜間学校に進学することになったんダ。それが……工業高校でネェ」


 入学した徒歩とある工業高校定時制の同学年で、女子はアリス一人だけだった。


「それはまあ……きついでしょうねえ」

「アリスもそのことを気にしていてネ。『女の子の友達が欲しい』って、いつも愚痴ってた」


 ――――――そこで真祖トゥルブラは考えたのだ。


 愛する孫娘に、「友達」をプレゼントしてあげよう、と。


女の子で、どうせなら年が近い方がいい。だから市内の「女子高生」を適当にピックアップしていたのだ。

 どんなタイプの子がいいかわからないので、学力、財力、体格など、様々なパラメータに分けて女子高生を集めていた。上は桜花院から、下は菱潟まで。共通点がなかったのも当然だ。最初から、個性が違うものを集めていたのだから――――――。


「クリスマスにサプライズで用意しようと思ってたんだがネ。それこそサンタクロースのコスプレをして」


 そうすれば、「おじいちゃんありがとー! 大好き!」と孫の抱擁ハグをもらえること間違いなし、というのがトゥルブラの目的だった。


 そのために、クリスマスの1ヵ月も前から入念に準備として女子高生を催眠しまくる、という綿密な計画を立てて暗躍していたのである――――――。

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