14-ⅩⅧ ~怪人として、身内として。~

 内藤麻子がクリスマスの異変に気付いたのは、朝からサイレンが鳴り響いたことが原因であった。


「うるっせぇなあ、何だよ……!?」


 クリスマスは日曜日。シフト制である「アマゾネス人材派遣サービス」にはあまり関係のないイベントごとであったが、それにしたって日も昇らない朝4時は早起きすぎる。彼女の会社は9時~18時勤務だ。


「……警報?」


 重い瞼をこすりつつ、カーテンを開ける。彼女の住むマンションは、9階建て新築オートロックの最上階角部屋、しかも分譲で購入だ。伊達に女手一つで起業はしていない。

 見やれば郊外に、ヘリコプターが集中している。


「何だ、ありゃ」


 スマホで何事かチェックしてみれば、やはりネットではこの話題で持ちきりである。


「……巨大な、蛹だって?」


 気になった麻子は、スマホで連絡を取った。

 相手は、安里修一。どんな時間だろうが通じるだろうし、情報屋としてこの手の情報を知らないわけがない。そんな軽い気持ちで、電話をかけた。


 そして案の定知っていた安里の話を聞き、麻子は手に持っていたスマホを取り落とした。


「――――――あれが……蓮、ちゃん? だと!?」


 にわかには信じられなかった。だって、ついこの間モガミガワの研究所で見た時は、いつも通りの姿だったはずだ。それが、どうしてそんなことに。『色々事情を話していると、すっごくややこしいんですが』という安里に無理やり事情を吐かせて、彼女は頭を抱えた。


「……先輩たちは、この事は?」

『まだ伝えてないです。皆さん、寝てるか起きてるかわからないですから』

「……なるだけ早く伝えてやれ。何だったら、叩き起こしてもいいから」

『貴方から伝えるという選択肢は?』

「こっちはやることがある。100の社員をむざむざ死なすわけにはいかないからな。……それで、頼みたいことがあるんだが」


 社員とはつまり、麻子が束ねる悪の組織「ゾル・アマゾネス」の構成員たちの事である。もし蓮ちゃんが怪物になって暴れ出したとしたら、そんなものを止められる者がいるかもわからない。


(……先輩には悪いけど、こっちも抱えてる命が多いんでね。そっちを優先させてもらいますよ)


 麻子は安里との通話を切りながら、すでにグループラインで集合命令を回していた。


******


「――――――皆、朝早くに悪いな」

「嫌ぁ、あんな騒ぎになってたら、起きますよ。というか、夜勤組はずっと起きてましたし」

「……それもそうか」


オフィスに無理やり集まった100人の女たち。皆褐色の肌に健康的な体つきをしている。見た目は少し派手目の人間だが、その実態は全員が怪人であった。


「……さて。もう大体わかってると思うが、徒歩市郊外に出てきたでっかいアレな。本当に済まないが、どうやら蓮ちゃんらしい」


 女怪人たちはざわめいた。彼女の懇意にしている少年、紅羽蓮が「最強」であることは、「ゾル・アマゾネス」では周知の事実である。


「ママ! じゃあ、もしあれが目覚めたりしたら……!」

「ああ、この世の終わりに近いかもしれん。だから――――――お前たちに頼みたい仕事がある」


 麻子は自分のデスクに置いてある、分厚い封筒を手に取った。そして、中身を抜き取って、それを部下たちに見せる。航空券であった。


「お前らは逃げろ。アメリカ行きのチケット、全員分取ったから」

「え、ママ!? それって……」

「妾は残る。どうにかしてやらんといかんしな」

「でも……!」

「それだけじゃない。頼みたいことは、逃げるだけじゃないんだよ」


 封筒を部下に放り投げて、麻子はふっと笑った。


「――――――もしかしたら、日本に住めなくなるかもしれない。そしたら、アメリカにいるあの子の家族を、守ってやってほしいんだよ」


 安里から話を聞いて、紅羽家は父のいるアメリカ、ニューヨークに避難するということは

聞いていた――――――というか、紅羽家母本人から連絡がきた。


『麻子ちゃんは大丈夫? 何だったら、あなたもこっちに……』

「大丈夫です。その前に、社員たちを何とかしなければならないので。私、社長ですから」

『――――――危ないと思ったら、すぐに逃げてね?』

「はい。もちろんです」


 その通話に偽りはない。危ないと思えば、すぐに逃げる。先輩は、あくまで人間としての尺度で言っているのだろう。


 だが、後輩は怪人なのだ。怪人の危険とは、人間とははるかに異なる。


(――――――死なない程度に、やれるだけ、やってやるさ)


 それは、身内としての覚悟であり、怪人――――――さらに言えば、武人としての覚悟でもあった。


「――――――あの闘技場の、リベンジも兼ねてな!」


 なんだかんだで、彼女は蓮に敗北したことを、ずっと気にしていたのだ。


 ******


「どおおおおおりゃあああああああああああああああああああああああっ!」


 巨大怪獣の尻尾に、ギザナリアの振りかぶった大剣がぶち当たる。激しい衝撃波をまき散らしながら、とうとう尻尾の方が押し負けて後方へと飛んでいった。


「はっはぁ! 気楽なもんだな!」


 タナトスは上機嫌に笑い、腕から刃を伸ばして回転する。縦に回転したまま上空へと飛び、勢い任せに腕を振り下ろした。


 ――――――刃は空を切り、切り裂かれた空気は風の刃となって、蓮を襲う。

 蓮の体中から、赤黒い血が噴き出した。


 颯爽と着地するタナトスは、にやりと笑っている。どうやら、かなり会心の一撃が入ったらしい。


「わずらわしい尻尾が来なくなると、こうもやりやすいとはな!」


 今までカーネルと2人の時は、蓮の尻尾を弾き返す手段がなかった。お陰で、大技を決めようとすると尻尾に叩き落される、という状況だったのだ。


 それが、ギザナリアが参戦したことで状況が一変する。彼女には、今の蓮の攻撃を弾き返せるだけの膂力があった。


 攻撃さえ防げれば、こっちのものである。


「……お前らばかり、楽しんでるようだが」

「……! お前、もう復活したのか」


 2人が振り返ると、雷霆カーネルが元通り筋骨隆々の逞しい姿に戻っていた。心なしか、少し大きくなっているようにも見える。元気が満ち溢れているのか、全身から雷電が迸っていた。


「……フン、役者も揃ったな。なら、ようやくまともに第2ラウンドが始められそうだ!」


 ギザナリアはデストロウムを肩に担ぐと、ぎろりと歯をむき出して笑った。

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