14-ⅩⅡ ~怪獣(紅羽蓮)、覚醒~

「……まーだ、動かんなぁ」


 徒歩市郊外、山岳部に陣取っていたカーネルとタナトスは、姿を顕したまま全く動かない蓮を見張りつつ、無人になったスーパーから拝借してきた高級弁当を頬張っていた。普段の買い物では到底手が出せないが、こういう食べられるときにちゃっかり食べるのが、悪党のやり方だ。


「それにしても、カーネルよ。お前、木星でアイツと戦ったと聞いたが。実際どんなもんなんだ? アザト・クローツェ子飼いの「レッド・ゾーン」は」

「俺が戦った時は、厳密には直接戦ったわけじゃない。奴はあの時鎧になった状態だったが……奴には、傷一つつけることが出来なかった」


 むしろあの時の戦いで、もし蓮が本体のまま木星に来ていたら、あの戦いはもっと違う結果に終わっていただろう。圧倒的なまでに、カーネルの敗北で終わっていたはずだ。


「今回の奴が10兆分の1にまで弱体化しているというが、正直どこまでやれるか、くらいの感覚でいた方が精神衛生上いいぞ、タナトス」

「……フン、貴様がそこまで言うとなればそれほどなんだろうが……10兆だぞ。いくら何でも、過言だと思うがな」

「それは相対すればわかる……む」


 カーネルの目が、ピクリと動いた。いや、タナトスも異変に気付いている。


 周囲の気温が、上がっている。それが何をするのは、すぐにわかる。


「……いよいよ来るか!」


 みしみしと、地面が揺れ始めた。2人が地面に置いていた空の弁当箱が、カタカタと揺れ始める。


 近くにあった山々の一つが、動き出した。ぼんやりと赤い光を放ち、今までずっと漆黒だった眼も、不気味な赤い光を宿す。


「……グ、グ……」


 赤い光が放つ熱気は、周囲の山に影響をもたらした。山に生い茂っていた木々や草花がその熱に耐え切れず、徐々に燃え始めたのだ。


 あっという間に、周囲の山は炎に呑まれ、怪獣の周囲は火の海となる。


 その様子を見ていたカーネルたちは、乾いた笑みを浮かべるほかない。


「……どうだ。10兆もあれば足りそうか?」

「フン、どうだかな!」


 タナトスが漆黒の刃を腕中に生やし、カーネルが全身に雷電を纏う。


 挨拶代わりに、強烈な落雷を巨大怪獣めがけて落とした。轟音と共に、怪獣の周囲が大爆発を起こす。


 ――――――燃え上がる炎の中、赤い瞳がカーネルたちを見定めた。明確な「敵」の存在を感じ取ったようであった。


「――――――さて、やるぞ。タナトス!」

「クハハハハァ! 切り刻んでくれるわぁ!」


 長い長いクリスマスの戦いが、始まった瞬間であった。


******


「……始まったようだぞ」

「おや。蓮さん、随分と早いお目覚めで」


 車を運転しながら、ギザナリアはスマホの通知を確認していた。時刻は現在午後3時。モガミガワの言っていた夜という予測は、大幅に外れている。


「蓮さん、目覚めたんですか!?」

「現在カーネルたちが交戦中です。始まったばっかりみたいですけどね」

「やっぱり、自衛隊の攻撃により蛹がなくなったのが原因か?」


 いわゆる、「早すぎたんだ」というもの。予定より覚醒が早まったことで、蓮は推定、10兆分の1よりももうちょっとばかり弱体化している。

 ――――――それなら、カーネルたちにもいくらか目はあるか。


「……結構善戦できるんじゃないですかね? 今の蓮さんなら」

「むしろそうでないと、妾達はいったいどうやって世界征服しろというんだ……」


 安里は微笑みながら、「ここを直進してください」とギザナリアに指示を出す。


「あの、安里さん……。さっきから、どこに向かってるんですか?」


 愛は後部座席に座りながら、助手席に座っている安里に問う。安里がどこに向かっているのか、車の中で知っているのは安里修一だけであった。

 安里は愛に対し、にこやかに笑う。


「これから蓮さんを相手どるにあたって、欠かせない情報を持っている方です。何だったら、愛さんも知っている方のところですよ」

「私も……?」

「幸い、カーネルたちが押さえ込んでくれていますし、こちらでも足止めの準備はしています。本格的に相手どる前に、必要な人員を用意しなくては。……葉金さんも含めてね」

「必要な……」


 愛はちらりと、後部座席のさらに後ろ、トランクスペースにて横たわっている多々良葉金に目線をやる。

 彼は現在、安里が特別に用意した酸素カプセル、更に緑色の培養液の中で眠っていた。なんというか、どこぞの漫画に出てきそうな回復カプセルである。


「その中に入っていれば、自然治癒能力が高まるので。蓮さんと再戦するころには腕もくっついているんじゃないですかね」

「エイミーさんは、大丈夫なの? あの時、蓮さんに結構こっぴどくやられてたけど……」

「どうも私はこいつらよりも頑丈らしい。あちこち痛めてはいたが、治るのも早かったよ」


 彼女の場合は打撲と内出血くらいだった。どうやら彼女の中のドラゴンの細胞が、回復を早めているらしい。

 となると……。


「クロムさんたち、大丈夫かな……」

「人間ですからねえ。戻ってくるって言ってたけど、復帰するのはキツイかもですね」


 特級エクソシストのクロムも、蓮を相手どり重傷を負っていた。果たして、大丈夫だろうか……。


「来るかわからん奴の心配しても仕方あるまいよ。とにかく、今は少しでもアイツに勝てる準備をしないといけないだろう」

「その通りです。……あ、ここ左折ですね」

「……おい、アザト・クローツェ。この先って、まさか……」

「はい。もうすぐ見えてきますよ」


 安里の言葉の意味を、車に乗っていた面々はすぐに理解できた。

 車とすれ違った看板に書いてあった文字を、愛たちは見たのだ。


――――――『徒歩拘置所』。


 日本で最も怪人が収容されている、恐ろしい拘置所である。

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