14-ⅩⅠ ~蟲忍衆壊滅と奥義伝授の裏側~

「……お、お待ちください。葉金殿……っ!?」


 葉金を追ってきた青念は、気にもたれかかる葉金を見てぎょっとした。先ほどまで精悍だった顔に脂汗が浮かび、息をするのも辛そうだったのだ。


「……和尚か……」

「だ、大丈夫ですか!? 顔が真っ青――――――」

「騒がないでくれ。……アイツらに、聞こえる」

「アイツらって……まさか貴方―――――――」

「さっきも言っただろう。俺とアイツらは本来、敵対関係なんだ。弱みは、見せられん」

「貴方という方は……!」


 葉金は右腕を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。蓮がいつ動き出すかも、詳細はわからない。もたもたはしていられなかった。


「……ここでの俺の役目は終わった。次は――――――」

「役目……? ……まさか、さっきの、巻物は……」


 あの巻物を、葉金は――――――。


「最初から、彼女たちにアレを渡すために、ここへ……?」


******


 蟲忍衆の里を、蓮たちと共に滅ぼしに行った日のことは、今でも夢に見る。


 事のきっかけは、蟲忍衆の女忍者に16歳になった時に課される修行『房中の技』。色香による情報収集・暗殺のための術であり、その修行を、蟲忍衆の女たちは、例外を除き受けることになっていた。

 葉金たちの世代から長老衆まで蟲忍衆は、つなぐ世代が育たなかった。それゆえに、葉金は何も知らなかったのだ。


『房中の技』の修行方法。それは、長老衆による輪姦であることを。


 それを知ったのは、幼馴染であり同年代の蟲忍衆であった佳代が修行に入ってからだった。結局彼女は病で亡くなってしまったが、修行により精神を病んでしまったことだけはわかっていた。


 そして葉金の下の世代は、5人の妹分がいた。彼女たちも、このままでは佳代と同じように――――――。


 そう考えた葉金は、蟲忍の里を滅ぼすことに決めた。悪しき伝統を失わせるには、時間が足りない。彼女たちが純潔を守り、正しく恋をするには、こうするしかなかったのだ。


 決行当日、第六天魔王・ダーク信長なる巨悪によって里に火の手が上がったが、アレは後日大規模な火事として処理されていた。実際のところは、安里によってでっちあげられたフェイクニュースなのだが。


 そして、蟲忍衆の長老衆の元へと赴き、葉金は彼らを滅ぼした――――――というと、激しい争いがあったかのように思われる。だが、現実は呆気ないものだった。


「――――――そうか。それが、お主の決断か」

「……若輩じゃくはいの意見、虫唾が走るかと思われますが、お覚悟を」


 葉金が蟲忍変化しようと左手首に手をかけるのを、長老衆は手で制した。


「――――――よい。お主の決断がそれならば」


 長老衆は、おもむろに懐から小刀を取り出した。そして、着ていた装束をはだけさせ、腹を晒す。


「……皆々様……」

「我ら蟲忍衆は、権力におごる堕落ものにあらず。誇り高く、忍びの技を磨く者也」

「新たなる世代が新たなる技の研鑽を目指すならば、老いたる蟲は死して後進を育てる腐葉土となろう」

「土が木を育て、その葉で新たな蟲は育つ」


 ――――――一切の抵抗なく、長老衆は死を受け入れた。

 それが蟲忍衆の未来につながるならば。若手の筆頭であり、自分たちをはるかに凌ぐ実力の持ち主である葉金の提案ならばと、葉金当人も驚くほどすんなりと了承したのだ。


「……本当に、良いのですね?」

「後はお前の心次第よ。蟲忍衆筆頭、ムカデニンジャーよ」

「我ら長老衆の頸の重さ……お主に背負ってもらう。その覚悟はあろうな?」

「あの子らは揃いも揃って曲者ぞ。詩織は気分屋、明日香は気負いがち。穂乃花はさほど問題はないが、主体性にどこかかける。萌音と九十九の2人も、よく任務をやってくれているが、互いに互いを支え合う一方、どちらかが欠けると脆い。支えておやりなさい」

「……御意」


 頭を下げる葉金を見やり、長老衆5人は思い思いに小刀を手に取る。葉金は深く一礼し、蟲霊のムカデを刀に変化させた。


「――――――この奥に、蟲忍流秘伝の巻物がある。……時が来たら、あの子らに授けてくれるか」

「……必ず。この命が尽きるとも、授けましょう」

「うむ。――――――では、いざ。……さらばじゃ!」


 その言葉を皮切りに、一人ずつ、長老衆は己の腹を切った。葉金は刀を手に、腹を切った長老衆を、一人ずつ介錯していく。


 奥にある秘伝の巻物を回収し、死した長老衆の首を包むと、屋敷に火を放った。

 そうして焼けた跡に埋め、埋葬しているところで蓮たちと合流したのである。


******


「……葉金殿、貴方は……」

「やるべきことは、まだある。手を、打たねば……!」

「だ、ダメですよ! そんな身体で……!」

「……あの方は……蓮殿は、俺の、恩人なんだ……絶対に、助け、なければ……!」


 無理やりにでも立ち上がろうとする葉金を押さえようとする青念だったが、葉金の力は凄まじいものだった。それほどの執念があるという事か、と驚愕するも、死に急ぐ様は見ていられない。


「お待ちください! せめて、少し休んでからで――――――」

「その通りですよ、まったく」


 突如、聞き慣れない男の声がしたので振り向いてみれば、そこには天井のない車が停まっていた。運転席にいるのは、狭そうにしている巨体の女。そして助手席から出てきたのは、黒づくめのコーディネートの、優男だった。


「……安里、殿……」

「どこに行ったかと思ったら、こういう事でしたか。一緒に来てください、僕らと一緒にいた方が治療もはかどる」

「……わかり、ました……」


 そう言うと同時、葉金は意識を手放した。今までも、相当無理をしていたのだろう。安里と青念が葉金を車に乗せると、中にいた少女2人が救急箱を用意している。


「貴方たちは……」

「葉金さんのお友達です。ちょっと借りていきますね、彼」


 安里はにこやかに笑い、車に乗ろうとする。


「ま、待って下さい!」

「ん?」


 その背中を、青念は引っ張った。


「葉金殿が目覚めたら、お伝えしてほしいことがあります。……モテヘン念の、調伏方法についてです」

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