14-Ⅸ ~絶望と再起の蟲忍衆~

 安仁屋あにや明日香あすかが目を覚ましたのは、少し肌寒い12月の風が頬を撫でたことがきっかけだった。


 パッと目を覚ますと、崩落した尾岩びがん池面寺いけめんじの外に出ている。自分は、寺の地下にいたはずだが――――――。


「……起きたか」

「……はっ!?」


 声をかけてきた人物に、明日香はぎょっとする。黒に、先端が赤みがかった髪。高い背に、黒い作業着姿の男。

 その顔を、彼女は知っていた。


「……葉金、兄……!?」

「幸い、傷は浅い。少しじっとしていろ」

「な、なんでここに……!」


 明日香が驚くのも無理はない。目の前にいる多々良葉金は、自分たちの目の前に現れるはずのない人物なのだから。


「――――――どうして、ここにいるの!? の貴方が!」


 明日香は咄嗟に起き上がり、身構えようとする。同時に、激痛が彼女の全身を襲った。


「……うっ!」

「無理をするな。今は体力回復に努めろ」

「……体力、回復……?」

「明日香ちゃん」


 動揺を隠せない明日香の肩を、背後から優しい声と共に叩く者がいた。


「……穂乃花? 無事だったんだ!」

「無事っていうかは、ちょっと微妙だけどね」


 困ったように笑う穂乃花の全身には、包帯が巻いてある。右腕も吊られているのを見る限り、折れているのだろう。


「そ、それより! 葉金兄が……!」

「うん、知ってる。私もさっき、助けられたから」

「助けられた……?」

「お寺の地下に埋まってた私たちを、助けてくれたんだよ」


 見やれば、葉金は蟲霊を使い、瓦礫をどかしていた。そして、頭から血を流して気を失っている、住職の青念せいねんを引っ張り出している。


「……そうだ……私達、失敗したんだ……」


 目の前の光景に、その現実を思い知らされる。モテヘン念を封じ込めるという、蟲忍衆としての大切な任務。それを――――――。


「……私達、正統なのに……!」


 明日香の目から、ポロポロと涙がこぼれる。ムシニンジャー5人の中で、1番蟲忍衆としての誇りを持っていたのは、他でもない彼女だ。泣き出してしまう明日香を、穂乃花は背中をさすって慰めている。


 その様子を、元筆頭である裏切り者の葉金はじっと見やっていた。


「……後悔してる?」

「……詩織か」


 同じように目を覚まし、救助活動を手伝っている四宮詩織が、葉金の側に来ていた。蟲忍衆の若手3人組の中で、唯一葉金が高校の用務員として働いていることを知っている人物。蟲忍としての誇りよりも、己の恋心を優先しているという困り者だが、今のこの状況では頼もしいことこの上ない。


「まったく、最悪よ。折角のクリスマス、翔君のところに「プレゼントはワ・タ・シ♡」って、メール送ってあげようと思ってたのに」

「……すまんな」


 以前まで、モテヘン念を鎮める任務は葉金が務めていた。それを、蟲忍衆という組織が壊滅し、彼女らが正統なる蟲忍衆であることから、この任務を任せたのだ。


 それが、こんなことになるとは。葉金にも、完全に予想外だった。


「……事態は、最悪に近い。解放されたモテヘン念は、あろうことか蓮殿に憑りついてしまった」

「お義兄さんに? あれ、お義兄さん、霊に憑りつかれない体質なんじゃなかったの?」

「それがどうやら、あの方は心身ともに疲弊していたようでな」


 蟲霊を操る蟲忍衆にも、肉体と魂のバランスの話は理解できる。健全なる精神は健全なる肉体に宿る――――――。その両方を兼ね備えている蓮は、生命体として強靭である。それは、葉金にも納得のできるところである。


 葉金は、蓮がモテヘン念に憑りつかれ、変貌した怪人と戦った。幽体離脱を用いた除霊を試みたが、結果は散々。

 あまつさえ、蓮は巨大な蛹に変貌してしまった。


「……それ、翔くんたちは大丈夫なの!?」

「安里殿が、速やかに避難させると言っていた。父君のいるという、アメリカに連れていくとか。蓮殿は、海を越えられないからな」

「そうなんだ……ひとまず、良かった」

「全然よくない。このままでは日本は壊滅するぞ」


 葉金が戦った時、蓮は人間サイズだった。それでも、葉金を含め3人で戦ったが圧倒されてしまった。

 それが、あのような巨大なサイズになったというだけで、脅威度は絶望的に上がっている。


「……だが、何とかせねばなるまい。原因が、蟲忍衆にあるというならば、その責は俺にある」

「……何言ってんの。抜け忍のアンタに、そんなのないっての」


 詩織はため息をついて、近くにある瓦礫をどかした。地下に生き埋めになっていたものの、彼女は奇跡的に、身体への大きなダメージはなかったのだ。


「アレを取り逃がしたのは私たち。責任は私たちが果たす。そうでしょ?」

「……お前……」

「さて、と。萌音姉と九十九姉が起きたら、作戦会議もしないとだし。早く、救助しちゃわないとね」


 詩織は肩を回すと、葉金の下から去っていく。


 その背中を、葉金は呆気に取られながら見やっていた。


******


「……おい、泣きっぱち


 泣いていた明日香の背中に、詩織が声をかける。

 ピクリと明日香の身体が震えた。「泣きっ蜂」というのは、幼少時から詩織が、明日香と穂乃果が泣いていた時の呼び方である。「泣き虫」と「蟲忍」の蟲をかけて、そう呼んでいたのだ。


「……詩織、アンタも起きてたの……」

「泣いててどうにかなるわけじゃないわよ。事態は相当ヤバいことになってるみたいなんだから」

「大変な、事……?」

「とにかくシャキッとしなよ。別に今更、誰も怒ったりしないんだから」


 彼女たちの責任を咎める者は、もういない。皆、葉金によって滅ぼされている。


「こんなことでめそめそしてたら、それこそ蟲忍衆の面目丸潰れでしょーが」

「でも、私達……!」

「いいから、ほら!」


 へたり込んでいる明日香の腕を取って、詩織が無理やりに立たせる。身長が明日香よりもはるかに高い詩織に引っ張られ、明日香は一瞬、少し宙に浮くほどだった。

 そして立ち上がりはしたものの、腰の入っていない明日香の腰を、バチンと叩く。


「いったぁ!?」

「シャキッとしなよ、アンタ頭目リーダーでしょ!?」


 結構強くぶっ叩かれたのか、逆に明日香は吹っ飛んで倒れている。その様子を、穂乃花はぽかんと見やっていた。ぶっ叩いた詩織は、にやりと笑っている。


「大体このままほっといてたら、いつまで経っても私、翔くんとデートもできないじゃない。だからさっさと祓いに行くわよ!」

「……いたたたたた、アンタねえ……!」


 よろよろと起き上がった明日香は、くるりと詩織を振り返る。その目は、絶望感ではなく、燃え上がる闘志に満ちている。


「いつぞやに、組手だとか言ってボコボコにされたからね。お返し」

「……まったく、もう!」


 明日香は詩織の元に近寄ると、ボディブローを入れる。詩織はこぶしを、軽々と手で受け止めた。


「……ぷっ」

「ふふっ」

「あはははっ! ……やっぱり、2人はこうじゃないとね」


 そうして、2人は笑いだす。それを見て、穂乃花も笑っていた。


 その様子を、葉金はじっと見やっている。


(……まるで、蟲忍の里に戻ったようだな)


 修行や任務帰りに、妹分の様子を見に行くとき。

疲れていた時に見ると、不思議と元気が湧いてきた光景と、まったく同じだった。

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