14-Ⅷ ~スタンバイ・フェイズ~

 徒歩市のビル群が融け落ちた中、安里探偵事務所の黒いビルは目立つような損傷なく、いつものように立っていた。


「……ビルの耐火性、上げといて正解でしたね」


 安里は引きつった笑みを浮かべながら、窓の外を見やっていた。事務所にいたほかの面々は、みなひっくり返ったように床に転がっている。

 巨大怪獣のくしゃみにより発生した熱波は何とか凌いだものの、同時に発生した衝撃波は何ともないとはいかなかった。結果、ビルは大きく揺れ、中にいた人たちは経っていられなかったのである。


「なるほど、これは……バケモノだな」


 カーネルは立ち上がりながら、一部が融け落ちた町と、その遥か先で微動だにしない巨大生物――――――紅羽蓮を見やった。


 紅羽蓮はくしゃみをした後、未だに動く気配はない。立ち上がった面々も、おもむろに首を傾げた。


「……蓮あの様子のさん動かない、ですね」

「ええ。恐らくあのくしゃみは……寒かったんでしょうね」

「寒かった……?」


 蓮の体温は非常に高かったのに加え、蛹の中から顕れた途端に、熱波が発生した。それはつまり、蛹の中は超高温の空気がこもっていたわけだ。


「砲撃は少なからず、効果はあったんでしょうね。蛹の繭が融け落ちて、温度差が発生したんでしょう」

「それで寒くて、くしゃみしたってことか? 何というか……普通だな?」

「ええ。普通なんですよ。蓮さんって」


 タナトスの言葉に、安里は困ったように笑う。普通のはずなのに、それがいったいどうしてなんであんなことになっているのやら。


「……さて、蛹の繭が外れてくしゃみはされたものの、蓮さんは未だ眠っている状態です。まだまだ、時間に猶予はありそうだ」


 安里はスマホを取り出すと、通話をかけ始めた。少しのコールの後、相手が通話に応じる。


『……もしもし』

「ね、わかったでしょう? 自衛隊ではアレはどうにもできませんよ。撤退させてください」


 その会話で、全員が通話相手を察した。自衛隊の行動に干渉ができる人物。


 すなわち、内閣総理大臣だ。


『……どうしたらいい。得体の知れない怪人どもに、国防を託せというのか?』

「情報は後でいくらでもどうとでもできます。問題は今でしょう。こちら側なら、まだ何とかできる手立てがあります」

『……本当に、できるんだな?』

「後で適当に記者会見用の原稿用意しときますから。よろしくお願いしますよ」


 安里の言葉に、電話の向こうの首相は少し押し黙っているようだった。


『……わかった』


 自衛隊の撤退――――――あくまで、徒歩市周辺までだが、首相は承諾した。安里は「よろしくお願いしますよ」と言い、電話を切る。そして、事務所にいる怪人たちを見やった。


「さあ、威力偵察はここまで。次からはいよいよ、僕らがあれの相手をすることになります」

「……とうとう、か」


 カーネルはいつの間にか座りなおしていたソファから立ち上がると、全身に雷電を纏わせた。タナトスも、手のひらから漆黒のブレードを出し入れしている。


「俺たちが本気で戦う以上、自衛隊などいても邪魔なだけだからな」

「ま、あくまで今すぐって話じゃないですけどね。せっかく準備できる時間があるんだから、目いっぱい準備させてもらいましょう」

「俺たちは偵察がてら、身体を慣らしてくる。アザト・クローツェ。お前らはどうする?」

「僕らは……そうですねぇ。弱点になりそうなものがないか、調べてみますよ」

「そうか。……まあ、精々励むことだな」


 カーネル、タナトスの2人は、そう言って事務所を出て行った。宿敵の姿が眼前から消えたエイミーは、ふぅ、と大きく息を吐いた。


「……まさか、本当にアイツらと共闘するとは」

「色々因縁はあるでしょうが、そうも言ってられないってことですよ。ね? ギザナリアさん」


 安里がにこりと笑いかけたのは、依然としてソファに座っていたニーナ・ゾル・ギザナリアである。彼女だけは、カーネルたちと外に出ることはなかった。


「……貴方は、行かないんですか?」

「アイツらとは元々仲間という訳じゃない。互いに利用価値があるだけだ。……今回は、お前らの方が要な気がするからな。お前らの側にいた方がよさそうだ」


 ギザナリアの言葉に、愛たちはぽかんとする。確かに、エイミーをも圧倒する雷霆カーネルと同格の怪人であるならば、一緒に戦ってくれるというのは心強くもあるが……。


「……信用して、いいんですか?」

「んー、僕が言うのもアレですが、彼女は信用できると思いますよ?」


 なにせ。


 ニーナ・ゾル・ギザナリアの正体は、何を隠そう紅羽蓮の縁者なのだから。


 紅羽蓮の母、みどりのOL時代の後輩であり、紅羽家とは家族同然の付き合いしている女性、内藤ないとう麻子あさこ。それが、女怪人ニーナ・ゾル・ギザナリアの本名である。


(――――――なーんて、この子らの前では言えないですよねぇ)

(当たり前だろう)


 そのことを知っているのは、安里修一のみ。


 なので彼女が安里側に協力することには、何の疑問もないのだが、それを正直に話すわけにもいかない。


「……怪人界隈でも、義理堅いことで有名なんですよ」

「は、はぁ。そうなんですか……」


 ちょっと苦しい言い訳かな、と安里はちらりとギザナリアを見やる。


 彼女は窓の外から見える、蓮の方をずっと見やっていた。

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