14-Ⅴ ~紅羽蓮1/10000000000000~

「――――――とりあえず、お集まりいただき、どうもありがとうございます」


 正午前、安里探偵事務所には、蓮と夢依を除く事務所メンバーと、徒歩市最強格の怪人たち、そして、愛の家族を避難させて帰って来たエイミー・クレセンタが揃っていた。モガミガワは「用事ができた」と言って、研究所に帰ってしまっている。


 そして現在、事務所の空気は最悪であった。


 理由は言わずもがな。雷霆カーネルと、エイミー・クレセンタが、先ほどの愛とは比べ物にならないほどにバチバチと火花を散らしているのである。


「……っ!! 貴様あぁあああああ!!」


 愛から事前に連絡を受けてはいたし、本人も「それどころじゃないから抑える」と言ってはいたのだが、いざ顔を見ると我慢はできなかった。


 実際のところ、カーネルがエイミーにしたことは、我慢できなくても仕方ない。母親である元女帝のルーネレスを散々配下として苛め抜いた挙句、国の革命に加担して、肉体も弄んだのである。

 カーネルの落雷でルーネレスの足は黒焦げになり、元の足では歩けなくなってしまった。今でも彼女は、戒めとして膝から下を寸断されたまま過ごしている。


 元王女として、娘として、大切なものを散々弄んだカーネルを、エイミーが許せるわけがない。


「エイミーさん、抑えて! 抑えて!」

「カーネル……! 殺す! 殺してやる!」


 愛たちが必死に押さえこむが、エイミーは凶暴な竜の形相を露にしていた。両腕には強靭な爪が生えて、今にもカーネルを切り刻もうとしている。


「……これが例の、オリジンの直系か」

「元気な女だ。レッドゾーンに、コテンパンにやられた後なんだろ?」


 そんな風に言いながら騒ぎを見やっているのは、2人の怪人。大柄で褐色な女怪人、ニーナ・ゾル・ギザナリアと、漆黒のドクロのような様相の怪人、タナトスである。

 雷霆カーネルに匹敵する怪人であるこの2人にとって、この程度の騒ぎは動揺することもない。


 もっとも、ギザナリアの方は違うベクトルで動揺しっぱなしなわけだが。


「はいはい。それじゃ、顔見せはこの辺にしましょう。とっとと、対蓮さん会議を始めますよ」


 安里はホワイトボードを取り出すと、キュッキュッと音を立てて図を書き始めた。「グルルルルルル!」と威嚇するエイミーは、愛が何とか宥めている。


「……現在時刻は11時30分。正午過ぎには自衛隊の攻撃が始まる予定ですから……。威力偵察をしてから、正確な戦力を図る必要がありますかね」

「……自衛隊を当て馬にする気か?」

「一応『無理はしないように』って、防衛相に圧力はかけてます」


 安里は困ったように笑うと、ホワイトボードに絵を描き始める。とげとげしたてっぺんを見るに、蓮の事であることは、蓮のことを知っている全員がわかった。


「愛さんたちには言いましたが、蓮さんは現在、悪霊に憑りつかれて弱体化しています。いくら巨大化したとしても、ぶっちゃけ悪霊程度に蓮さんの強さを再現できるとは思えません」

「弱体化、って言っても……具体的には、どれくらいなんだ?」


 タナトスの疑問に、安里はホワイトボードに数字を書き始める。1をかいた後に、0を何個も何個も書く。ぱっと見ただけで、その数値を言い当てるのは難しいほどだ。


「これは、昨夜の蓮さんとの戦闘を観察したうえでの推定ですが、蓮さんのマックスの強さを1とした場合――――――」


 そうして安里が書いた0の数は、14個。桁にして、15桁。


「……大体10000000000000010兆分の1、くらいでしょうか」

「……はあああああ!?」


 デカい声で叫んだのは、先ほどまで怒り狂っていたエイミーだ。何を隠そう、その状態の蓮と戦ったのは、この場では彼女一人である。


「う、嘘だろ!? そんなふざけた、じゅ、10兆ッて……!」

「嘘だと思うじゃないですか。ホントなんですね、これが」


 困ったように笑う安里に、愛はふと思う。


 思えば、最初にあったころから、ずっと気になっていた。


(……そう言えば私、蓮さんのって、私、見たことない?)


 思えば、蓮はずっと「手加減をしている」と安里に教わってから、あんまり触れないでいたが。

 それからの悪魔との戦いも、愛が知る限りでは、地下闘技場のギザナリアとの戦いも。沖縄で海獣ニライカナイを足止めしていた時も、野球をやってた時も。ジェスタビオンと呼ばれる異次元の怪人やルーネレス・クレセンタと戦っていた時も、アメリカで手足を縛られた状態で怪人と戦った時も。最後に覚えているのは……怪人となったやくざと戦っていた時か。


 そのいずれも、蓮が本気で戦っていたところなど、見たことがなかった。


「……あの、安里さん」

「何です?」

「なんで、本気との比較なんですか? そもそも、蓮さんの本気って……安里さん、見た事あるんですか?」

「……ええ、そうですねえ。まずは、その辺から説明しないといけないんですけど、まずは――――――」


 安里がそう言いかけた時。ドオン! という、強烈な炸裂音とともに、探偵事務所が揺れた。


「――――――おや?」


 安里は眉をひそめて、窓の外を見やる。遠くに見える蓮の入った蛹の上部辺りで、爆発が起こっていた。


「……始まったか」


 カーネルがぼそりと呟き、事務所の時計を見やる。


 時刻は12時20分。思ってたより、ちょっと早かった。

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