14-Ⅳ ~清濁を合わせ呑む~
「……なるほどな。あの巨大生物が、お前のところの子飼いとは」
「そうなんです。下手に被害が出ると、こっちの問題になっちゃいそうなので」
「お前の問題だろ。自分で解決したらどうだ?」
「それができるなら、こうしてお願いには来ていないですよ」
「それもそうか。……して」
雷霆カーネルは、相対して座っている安里の、隣の人物に目をやった。
安里はカーネルの元に、複数で訪れていた。一緒にやって来た人物は、安里の両隣りに座っている。
片方はカーネルも見知った顔だった。自分もよく兵器の開発などを依頼している、Dr.モガミガワ。直接顔を合わせることはあまりないが、安里も彼の取引相手だということを、カーネルは知っている。一緒にいたとしても、何ら不思議ではない取り合わせだ。
だが、もう片方は。カーネルは知らないし、この場にふさわしくもない。
「……どうして、一介の小娘なんぞ連れてきた?」
カーネルの問いかけに、安里はにこりとした表情を浮かべたまま、顔色が変わらない。普段は仮面を被り、「アザト・クローツェ」などと名乗っている安里だが、素顔でもその腹は全く読めない。大して変わらない、と、カーネルは内心舌打ちする。
安里の隣にいるのは、徒歩市のお嬢様学校で知られている桜花院女子の制服を着た少女。背中に竹刀袋を背負っている以外は、どこにでもいそうなものだが……。
「……安里さん、この人は……!」
だが、どういう訳か、彼女の視線はカーネルに対し、強い敵意を向けているように感じられた。
少し少女をじろりと睨むと、カーネルは心の底から首をひねる。
「……やはり、わからんな」
「え?」
「俺も悪の組織の首魁なんてやっているから、怨みなんぞいくらでも買われているが。お前のような小娘に恨まれるようなことを、何かやっていたか?」
「……っ! あなたは、エイミーさんの国を……!」
「エイミー? ……ああ、そういう事か」
ようやく合点がいった。この小娘、木星にあるクレセンタ帝国での戦いを知っているのか。
少し前、カーネルは木星に停泊していた宇宙帝国、クレセンタ帝国のクーデターに加担したことがあった。
きっかけは地球侵略した際に小競り合いで乗り込んだことだったのだが、女尊男卑がひどかった帝国の宦官が不満を抱えていることを知り、手を貸すことにしたのである。
もちろん、「男が女に虐げられているのが許せない」などという義憤による加担ではない。女尊男卑をひっくり返すのを手伝う代わりに、ひっくり返った後の女を奴隷として売り捌こうと企んでの協力だった。
結果としてその計画は地球からやって来た2人の少女、ミスリル・カリンとエイミー・クレセンタによって阻止されてしまったわけだが……。
確かエイミーは地球で、女子高生として潜伏している、と、エイミーの母親から聞いたことがあった。その学校が、桜花院女子高等部。
目の前の少女が自分に敵意を向けているのは、その繋がりか。
そう解釈し、カーネルはため息をついた。
「……あの件で言えば、そこにいるモガミガワの方が主犯だろう。あの国の男どもが強くなったのは、コイツの発明品だぞ」
「『ワイ・クロマゾム・ストロンガー』は頼まれた通りに造っただけだ。道具に善悪なんぞあるわけないだろう馬鹿めが」
モガミガワがだらけながら手をひらひらと振る。その瞬間、彼の鼻の頭でバチバチと音が鳴り、電撃が弾けた。
「のわっち!」
静電気くらいの威力しかなかったが、不意を突かれたモガミガワは、背もたれ付きのソファからずり落ちる。
言うまでもなく、電撃はカーネルから放たれたものだ。「雷霆」の名を冠する怪人である彼は、全身が雷電で構築されている。そのため、電撃を放つことなど容易であった。その能力は、徒歩市に集結している怪人たちの中でも最高位に位置すると言われている。
この町でこの怪人に匹敵し、肩を並べることが出来得る人物は数えるほどしかいない。安里修一とDr.モガミガワも、そんな数少ない数人の一人である。
隣でぶっ倒れるモガミガワの横で、安里は困ったように笑った。
「……あはは。一触即発ですねえ」
カーネルと愛は、ピリピリと睨み合っている。というか、愛の「普通の女子高生」設定はどこに行ってしまったのだろうか。
徒歩市最強の怪人と堂々とメンチを切り合うって、どう考えても普通じゃないのだが。現に、今のカーネルから発せられる威圧感は、普通の女子高生なら失禁して気絶するくらいのものだ。
しばらく睨み合っていた2人だったが、やがてカーネルの方が視線を切った。
「……フン。どうやらそこそこに役には立ちそうだな」
「何ですって?」
「アザト・クローツェ子飼いの「最強」レッドゾーン。そいつを相手どるのに、ひ弱な奴などいるだけ邪魔なだけだからな」
「試したんですか? 人が悪い」
「いや、普通に試すだろ。この際はっきり言うが、俺でも一人では奴に勝てんのだぞ」
木星でカーネルは紅羽蓮と相対している。その時、蓮は特殊な術で鎧となっての参戦だったが、それでも蓮に傷一つつけることはできなかったのである。
「あれを止めねば日本は間違いなく終わりだ。そうなっては俺も困る。何より、悪の組織の首魁として、町すら征服する前に滅ぼされるとか勘弁だからな」
「では、協力してくれると?」
「致し方なし、という奴だがな」
カーネルの答えを聞き、安里はちらりと愛の方を見やる。彼女の顔は、未だに少し険しい。
「……蓮さんと戦うとき、きっと、エイミーさんは戻ってきます」
「ほう? あの竜娘がか」
「……一言、謝るくらいはしてください。それで彼女は、許さないと思うけど」
愛の言葉に、カーネルは少し面食らって、くつくつと笑った。
「……面白い女だ。アザト・クローツェ。お前、こんな女どこで引っ掛けた?」
「うちの従業員の人徳の
「いいだろう。タナトスには俺から話をつけておく。お前はどうせ、ギザナリアのところに行くんだろう?」
「ギザナリア、って、確か……」
愛は、その名前に聞き覚えがあった。
いつぞやの地下闘技場で、蓮が相対した女怪人だ。確か、ゾル・アマゾネスとかいう悪の組織の首魁だとか聞いたような気がする。彼女も、このカーネルに匹敵する怪人だというのか。
……でも。
「あの、その人……本当に、大丈夫なんですか?」
愛の記憶では、彼女、蓮にボッコボコにされていた記憶があるのだが……。そんなんで、役に立つのだろうか。
首を傾げる愛に、安里はぽん、と肩に手を置く。そして、はかなげな笑みを浮かべて、首を横に振った。
「……悲しいですけど、相手が彼の時点で、みんな同じようなもんです」
それでも、集まらなければ、彼の相手にもならない。そんな意味を込めた、悲しい微笑だった。
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