14-Ⅲ ~蓮さんは休眠中。~

 愛が両親と電話で口論になり、一度家に帰ってから90分ほど経った後。


 事務所に帰ってきた愛は、頬を少し赤く腫らし、背中に竹刀袋を持っていた。彼女の持つ刀、夜刀神刀やとがみとうである。


「……お待たせしました」

「相当揉めてたみたいですけど、大丈夫ですか?」

「はい。必ず帰ってくるって、約束しました」

「帰ってくるのは向こうなんですけどね」


 安里はにこやかに笑うと、窓越しからかすかに見える、赤い蛹を見やった。中にいる蓮は、まだ動く気配はない。

 そして事務所にはもう一人、普段は見かけない人物が。双眼鏡から蛹を見やる、不健康そうな男の人がいた。


「ふーむ、やっぱりここからじゃよくわからんな。現地調査でないと」

「……モガミガワさん、来てたんですか?」

「ん? ああ、小娘か。処女は捨てたか?」


 開幕から最低すぎる挨拶をするこの男は悪の天災科学者、Dr.モガミガワである。昨夜まで地下の研究所にこもりっきりだったが、さすがに騒ぎを聞きつけて地上に出てきたのである。なんだったら、首相が発表した専門家の意見というのも、この男の知見だったりする。


「……こんなこと言うのは何ですけど、こんな事態になって、貴方は喜んでると思ってました」

「まあ、確かにカップルどもがいちゃつく腹立たしいイベントが台無しになったのは、俺様としてはザマーミロ、というところではあるがな」


 片手に双眼鏡、そして片手にはバナナ。くちゃくちゃと音を立てながらバナナを頬張りつつ、モガミガワは愛には目もくれず、蓮を見やり続けていた。


「……あんなのに暴れられたら、俺様の将来の伴侶となる女もいなくなるというもの。それに、アレを止めたとなれば、しばらくは口説くネタに困らん」

「俗っぽいなあ、相変わらず」


 愛はため息をつきながら、事務所の応接用のソファに座った。座って、ふとその感触を確かめる。

 ここは、いつも蓮が依頼がないとき(つまりほぼいつも)にごろ寝している特等のベッドなのだ。


(……蓮さん……)


 愛はソファをそっと撫でると、モガミガワの隣で蛹の様子を見やった。


「……蓮さんが動き出すって、根拠はどこからなんですか?」

「アイツはここ数日、俺様が馬車馬のように働かせていた。相当の疲労があったはずだ。そんな状態で、アイツは仕事すっぽかして出て行った」


 つまりは……。


「アレがちょっとやそっとの事じゃ起きないのは、お前らだってよくわかってるだろう」

「……蓮さん、アレは眠ってるってことですか!?」


 通常のサイズをはるかに超える、巨大な肉体。それが形成され、なおかつその身体を動かすほどの体力を回復するのには、今の蓮には相当の時間がかかるはずだ。


 それを見越しての、モガミガワの予測が「夜」という答えだった。


 というか、そんな状態で蓮は自分たちのことを助けに来てくれていたのか。

愛はそんな事、まったく知らなかった。


「ま、アザト・クローツェの話だと、相当弱体化しているらしいからな。普段なら自衛隊の攻撃くらいでは起きないんだろうが、今だったらどうなるか……」

「起こしちゃう可能性があるなら、自衛隊の攻撃はマズいんじゃ……!」

「逆に言えば、今のうちに叩き起こせるなら叩き起こすのも手だ。長く眠れば眠るほど、奴は回復していくぞ」


 愛はその言葉にぞっとした。モガミガワの話も踏まえて冷静に考えてみれば、人間サイズの蓮だって、身体はクタクタだったはずなのだ。それで、吸血鬼トゥルブラや、葉金、エイミー、クロムの4人を圧倒する強さで動き回ったわけで。


「……あれ。そう言えば、葉金さんは?」


 愛はふと疑問に思った。大けがを負っていた3人は事務所で応急処置を行った後、各々帰っていった。


「我々は教会の面々を先に避難させます。それから、戻ってきますよ。エクソシストが悪霊にやられっぱなしというわけにもいかない」


 クロムはそう言い、エクソシストのラブ、アイニに抱えられて教会に帰っていった。

 エイミーには愛から、「家族をお願い」と頼んで、避難に付き添ってもらっていた。

 なので、多々良葉金だけ、愛は行方を知らない。


「彼なら、色々と調べものをすると言っていましたよ」

「調べものって……あの人だって、重傷なのに……」

「忍者ですからねえ。耐え忍ぶのは本領なんじゃないですか?」


 そうは言っても。利き腕が折れているのを耐え忍ぶというのは辛いと思うけど……。


 愛はそう思ったが、そんなことを言っている場合ではないことも、愛はわかっていた。


「……さて、夢依も安全であろう沖縄に送りましたし。我々も行きましょうか」

「行くって、どこにですか?」


 愛の問いかけに、安里はにこりと笑った。


「――――――戦力集めです。今のままでは、とてもじゃないけど蓮さんには敵わないですからね」

「戦力集めって言っても……心当たり、あるんですか?」

「ふふふ、こう見えて僕は顔が広いですから」


 安里はコーヒーを片手に、スマホを手に取った。


「少なくとも一人は、かなり積極的に協力してくれると思いますよ?」

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