14-Ⅱ ~朝を迎えた探偵事務所の中で~
「――――――ひとまず、ここまでは想定通りですね」
外が避難命令でにわかに騒がしくなる中、安里探偵事務所では、安里修一がコーヒーを飲んでいた。その傍らには、従業員である立花愛、朱部純と、備品のボーグマン、そして、安里の姪っ子、安里夢依がいる。
本当は、もう一人、ここにいるべき従業員がいるはずなのだが、ここにはいない。
もう一人の従業員、紅羽蓮は――――――巨大生物の、蛹の中にいた。
「とりあえず、首相にはああ伝えてもらうようにお願いしましたが、実際、海外にでも逃げないとマズいでしょうね」
「逆に言えば、海外なら大丈夫なんですか?」
「ええ。蓮さんの身体能力を反映するなら。日本が島国で、本当に良かったですよ」
紅羽蓮はカナヅチだ。なので本州の外に出れば、とりあえず大きな被害は受けないはずであろうことは、安里には予想できていた。
逆に言えば、陸続きであればどこであろうと超危険であることには変わりない、という事でもあるのだが――――――。
「……あの……」
応接用のソファに座っている、客人がおずおずと声を上げた。その言葉に、探偵事務所の一同はぱっと振り返る。
「……今の話は、本当なんですか? あの巨大生物が、兄さんって……」
騒ぎが大きくなる前に、大至急で連れてきた蓮の家族。紅羽翔以下、母、妹と飼い犬のジョンであった。
「……ええ。残念ながら。どうしてこうなってしまったのか、正直僕自身、理解に苦しんでいるのですが」
「……そんな……」
クリスマスに忙しくて帰れない、という風に聞いていたのに、何がどうしてこんな事になってしまったのか。
「……どうしてそんな事になってしまったのかは、この際、もういいです。あの子は……蓮ちゃんは、元に戻るんですか?」
弟の翔も、妹の亞里亞も、焦燥しきった顔であったが、唯一母のみどりだけは、冷静な表情だった。普段はぽわんとしているのに、こういう時には一番肝が据わっているのが、紅羽みどりという女だ。
「……戻すこと自体は、可能だと思います」
「本当に!? 兄貴、戻ってくるの!?」
「蓮さんが変異する原因と、プロセスは把握できてます。なので、その逆をすれば、理論上は可能なはずです。が……」
安里はそこまで言い、ちょっと言いよどんだ。
妹の亞里亞の手前、可能である風には言ってみるものの、実現できるかどうかと言われると、明言は難しい。
何せ、巨大化する前の時点でダメだったのだから。問題は蓮を戻すプロセスではなく、元に戻すために蓮と相対しなければならないという事実の方がはるかに重かった。
(……おそらく蓮さんは、心と身体のバランスを崩して、普段よりはるかに弱体化している。それで、あの始末ですからね……)
ムシニンジャーの元筆頭、多々良葉金に、木星から地球侵略に来ていたドラゴン娘、エイミー・クレセンタ。そして、特級エクソシストのクロム。
安里が今までであって来た中でも実力は上澄みの方であろう3人だったが、それでも蓮を押さえ込むことはできなかった。
正直モテヘン念だけ、あるいはモテヘン念が憑りついたのが彼でなければ、こんなに苦労はしなかっただろう。よくもまあ、こんな最悪の組み合わせが爆誕してしまったものだ。
「……ともかく、徒歩市どころか、日本全土が危険な状態です。皆さんは、避難しておいた方がいい」
「……わかりました」
「え、お母さん、いいの!?」
みどりの決断は早かった。現在アメリカに単身赴任中の蓮の父親、厚一郎の元へ一時的に身を寄せることにして、すぐさま連絡を入れる。
『日本どころか、世界でも大ニュースだぞ!? 巨大カイジュウ出現て!』
「うん、うん。それでね……」
世間を騒がす巨大カイジュウの正体が自分の息子、と聞かされた厚一郎の心情はいかがなものか。安里も愛も、目を伏せるほかない。
「連絡、つきました」
「わかりました。すぐに手配しましょう」
安里は朱部に目配せをすると、彼女が蓮の家族を事務所の外へ連れていく。事務所の地下には、乗り物などいくらでもある。それに乗せれば、アメリカに向かうなど造作もない。
「安里さん」
みどりが、去り際に安里に向き直り、頭を深々と下げる。
「あの子の事……よろしくお願いします」
「……善処します」
その言葉にうなずくように、みどりを含む紅羽家の面々は、事務所を出て行った。
「……ふぅ。愛さんも、避難しないんですか?」
「あんなふうになっちゃった蓮さんを、ほっとけるわけないじゃないですか」
「でも親御さんは反対するでしょう。僕だって、正直反対です。アレは、一介の女子高生にどうにかできる代物じゃないですよ?」
愛が聞いた限りだと、平等院十華を含む桜花院女子の知己たちは、皆避難を済ませたという。昨日の今日で、かなりのパニックだったようだが。
普通なら愛だって、避難すべき側の人間であった。が――――――。
「――――――蓮さんは、私が助けなきゃダメな気がするんです」
「それはまた、何でですか?」
「それは――――――」
言いかけた時、愛のスマホが鳴った。画面を見ると、両親から。家族グループラインで通話がかけられている。
「……どうぞ」
安里の言葉に愛は頷くと、親に向かってこう言い放った。
「――――――ごめん。私、町に残るね。それが私が今、一番やりたいことなんだ」
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