第14話 クリスマス超激戦! VS最強さん!(後編)

14-プロローグ ~モテヘン念復活の舞台裏~

「「「「「ぐううううううううううううっ!」」」」」


 徒歩市の寺院、尾岩びがん池面寺いけめんじの地下にて、人知れず5人の女性が、苦悶の声を上げていた。

 桃色、橙、緑、紫、黒の色彩豊かな装束に身を包む少女たちは、全身を薄く各々の装束の色に発光させながら、手で印を結んでいた。


 彼女たちは蟲忍衆むしにんしゅう。日本中の妖怪から人々を守ることを生業とする忍びの集団である。彼女たちは蟲忍としての装束を着ており、その状態の彼女たちのことを、「ムシニンジャー」と呼ばれている。


 そんな彼女たちが相対しているは、大怨霊モテヘン念。古今東西のモテない男たちの怨念が集まり生まれた大妖怪。

 発生の起源は馬鹿馬鹿しいというほかないが、かつて、この邪妖に滅ぼされた国もあるという、凶悪な荒魂あらみたまだった。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!!」


 そんな大怨霊を押さえ込むべく、ムシニンジャーは5人で結界を張り、押さえ込み始めてから、実に19時間が経過していた。

 荒ぶる魂は底なしの怒り妬み哀しみのせいか、その力はますます強くなっている。一方で生身の肉体があるムシニンジャーたちは、長時間の封印に体力をひどく消耗していた。

 モテヘン念は強い衝撃波と熱波を放ちながら、己を封じ込めている壺を内側から振り回している。ムシニンジャーが張る結界を、内側から叩き壊そうとする衝撃は、すべて彼女たちに跳ね返っていた。


「……ぐっ! ううう……っ!」

「……お、お腹すいて、力が……!」

「足に力、入んなくなってきた……!」

「……たるんでるぞ、お前ら!」


 桃色と緑、それと橙のムシニンジャー、四宮詩織しのみやしおり誉田穂乃果ほまれだほのか安仁屋明日香あにやあすかが弱音を洩らす中、黒のムシニンジャー、とび九十九つくもが檄を飛ばす。


「それでも蟲忍衆の筆頭か! シャキッとしないか!」


 5人の中では姉貴分のポジションである彼女の言葉に、妹分たちの姿勢がぐっと引き締まる。5人の中で1番の武闘派である九十九は、良くも悪くも体育会系の先輩であった。


「あの厳しい修業の日々を思い出せ! これくらい、なんてことないはずだ!」

(……厳しい、修行の日々……)


 九十九の言葉に対する、3人の思い出される修行の日々。それは――――――。


 ――――――ほらそこ、休むな! きびきび走れ!(木刀を振り回しながら)


 ――――――飲み物取ってこい、ダッシュな。歩いたら後で私の組手100本の相手してもらうから。


 ――――――誰か一人でも倒れたら、連帯責任で全員腕立てプラス3000回な?


(((……なんでだろう、大半が九十九姉との修行だ……)))


 3人のテンションが、若干下がってしまう。九十九自身、悪意があるわけではないのは、長い付き合いなのでわかるにはわかるのだが、それとこれとは話が別だ。


「……なんか、楽しいことを考えましょう」


 そんな雰囲気を悟ったのか、もう一人の姉貴分、紫色の装束を纏った露糸つゆいと萌音もねが助け舟を出した。こちらの先輩は九十九とは対照的で、あんまり3人に対して直接修行をつけたりはしていない。が、代わりに話し相手になってくれたりと、九十九の鞭に対して飴のような先輩であった。


「楽しい事?」

「ほら、世間ではでしょ。クリスマスって言ったら、何かしら楽しいイベントがあるはずじゃない。何か自分にご褒美を用意しなさい。そうすれば、この儀式だってきっと乗り越えられるはずよ」


「「「楽しい事……」」」


 萌音の言葉に、3人はそれぞれ思い思いにクリスマスのイベントを考え始めた。


******


(……初めてのクリスマス……私は……)


 誉田穂乃花の場合。


「メリークリスマス!」

「儀式お疲れさまでしたぁ!」


 蟲忍衆5人で、テーブルを囲みながら食事をしている。詩織がふざけて明日香と九十九に怒られているのを見ながら、自分は笑いながら緑茶を呑んでいる。時々あきれた様子の萌音と目が合い、お互い困ったように笑うのだ。


 ――――――蟲忍衆5人で、無事に仲良く、穏やかに過ごしたい。

 それが、穂乃花の考える「楽しい事」。


******


(クリスマスといえば、サンタクロースって人がいるんだっけ……)


 安仁屋明日香の場合。


 家で休んでいると、不意にインターホンが鳴った。モニターを覗くと、赤い装束に身を包んだ男が立っている。

 なんだか見慣れている元・兄貴分と瓜二つな気がするが、そこはあくまでイメージ映像ということで。


「メリークリスマス。筆頭として頑張るお前にプレゼントだ」

「……ホント?」

「良く、頑張ってるな」


 そう言い、サンタクロースは明日香の頭をポンポンと撫で始める。


「え……」

「これからも頑張れ。筆頭」

「……う、うん! えへへ……」


 ――――――蟲忍衆筆頭としての頑張りを、認めて褒めてもらう。

 それが、明日香の考える「楽しい事」。


******


(クリスマス……恋人のイベントだって、本で読んだわね……)


 四宮詩織の場合。


「わあー、綺麗……」


 彩られたクリスマスのイルミネーションを、詩織は頬を紅潮させながら眺めている。


「本当だねえ」


 そして、その光景を一緒に見ているのは、クラスメイトであり彼女の恋人(自称)である紅羽あかばしょうくんだ。


「……しーちゃん、顔赤いよ? 寒い?」

「え? いや、そんなこと、ないよ……ひゃっ!?」

「ほら、やっぱり。手冷たくなってるじゃない」


 翔は詩織の手を優しく握る。それだけで、彼女の内側の体温はみるみると上がっていることに、翔は気づいていない。


「そ、そうかな? ちょっと、寒いかも……」

「じゃあ、こうしようか」


 もじもじと身体を震わす詩織に、翔は自分の首に巻いていたマフラーを、彼女の首に巻いた。


「え、でも、これじゃあ翔くんが寒いでしょ?」

「大丈夫だよ。ほら」


 詩織の身体を、翔は抱きしめる。忍びである詩織も、この抱擁は全く予想だにしていなかった。


「こうやってくっつけば、あったかいでしょ?」

「えっ!? ちょっと、翔くんったら……!」


 満更でもない詩織の瞳に、翔の赤い瞳が、彼の眼鏡越しに映る。それほどまでに、彼との顔の距離が近かった。


「――――――愛してるよ。しーちゃん」

「……うん、私も……」


 そうして2人はイルミネーション煌めく夜の街で、熱い口づけを……。


******


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

「……なっ!?」


 突如急激に力が強まったモテヘン念に、詩織の妄想はそこで途切れた。


「な、何!? 急に……! 力が……!」


 元々激しく荒ぶっていたわけだが、結界の中のツボはブレイクダンスどころか、無茶苦茶な回転をしていた。


「……こ、コイツ、めちゃくちゃ怒ってない!?」

「なんで!?」


 彼女たちは知る由もなかったが、ちょっと考えればわかることだった。


 この悪霊の名は「モテヘン念」。その名の由来は、モテずに死んでいった男どもの怨念の集合体であるところ。


 つまり。


 男女の仲睦まじい関係の妄想をコイツの前で垂れ流すなど、火に油を注ぐようなものだ。


「フザケヤガッテエエエエエエエエエエエエエ!」


 実際のところはただの妄想にすぎないとか、実は詩織は翔にとってはクラスメイトでありストーカーでしかない、とか細かい事情はあるのだが、非モテを拗らせに拗らせたモテヘン念にはそんなの関係ない。


 そもそも。


トカ許セネエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」


 モテヘン念の元となった男どもは、女性に好かれること自体なかった。

 そんなコイツにとって、女目線のロマンスなど、信用に値しない。燃え上がる怒りは、留まることを知らなかった。


「……ち、力が、強まって……!」

「ダメだ……! 押さえきれない……!!」


 高速回転する壺の猛打に、5人の作る結界はゴリゴリと削られてゆく。そしてとうとう、結界に亀裂が入った――――――。


「――――――グオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

「「「「「きゃああああああああああああああああっ!」」」」」


 けたたましい咆哮と共に、とうとう封印の壺が大爆発を起こした。その衝撃波にはとうとう耐え切れず、壺も、結界も、結界を維持していた5人もまとめて吹き飛ばされる。


 しゅうしゅうと煙を上げてその場に残っているのは、どす黒いヘドロのような瘴気の中に無数の貌が浮かぶ球体。これこそが、モテヘン念の真の姿。

 ぎょろぎょろと眼球をうごめかすモテヘン念は、何かを察知したかのように上を見上げると、勢いよく上へと飛び出していく。封じ込めていた地下室の天井を貫き、漆黒の禍々しい柱となって。


 衝撃に傷つき倒れ伏したムシニンジャー5人は、その姿を目で追う事すらできなかった。

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