13-ⅩⅩⅩⅩ ~絶望のクリスマスが始まる~

「……あ、気が付いた!」

「愛……がっ! いってぇ……!?」


 5人の中で真っ先に気が付いたのは、エイミーだった。一番フィジカルが強かったためか、内出血と骨にひびくらいで済んでいる。それでも傍から見れば、結構な重傷だが。


「……蓮殿の気配が、より禍々しくなっている。やはり、モテヘン念の憑依によって肉体にも変化が……」

「悪魔に憑りつかれた人間も、より最適に力を発揮できる姿に変貌する、というのは、よく、ありますからね……」


 続いて起きた葉金とクロムも、蓮から感じられる気配からおおよその事態は察していた。葉金も装甲の上から肋骨を叩き折られており、かなりの深手である。


 そしてクロムの言ったことには、愛と安里も身に覚えがあった。

 かつて愛に呪いを振りまいた悪魔ネクロイを親和性の高い肉体に閉じ込めた時、ダミーで用意したただの肉人形が、巨大な悪魔へと変貌したのである。アレは、ネクロイのパワーを十全に発揮できるように、肉体の方が変形したものだったのだ。


「……つまり、今蓮さんは、フルパワーを出せるように身体を作り変えているってことですか?」

「……より正確には、肉襦袢を形成している、と言った方が正しいでしょう」


 このことから言えることは、一つだ。


「――――――あの姿では、本気を出せなかったのでしょうね」


 弱体化しているとはいえ、あれだけの猛威を振るっておいて。


 あの怪物は、まだ強くなるというのか。


 それだけで、この場にいるほぼ全員が無言になってしまうほどの絶望感だった。


「……まあ、9割方、蓮さんの肉体の恩恵でしょうがね」

「でも、これ以上強くなるって、いったいどんな姿になるんでしょう?」


 愛が疑問に思った時、地面が徐々に揺れ始めた。


「「「「「っ!?」」」」」


 震源は言うまでもない。蓮である。パッと見やると、原因はすぐわかった。


 卵が、どんどん大きくなっていた。


 人間一人が入れるくらいの卵(あるいは蛹?)だったものが、膨れ上がっていく。被膜の内側で、細胞分裂のように増殖しているのであろう肉体部分が、被膜をどんどんと押し広げていた。


「……えええっ!?」

「ここも巻き込まれますね、避難しましょう」


 もう、人間の形など保っている場合ではない。安里は身体を大きく変形させて、漆黒のヘリコプターとなった。変形時に愛たちを巻き込み収容しながら、プロペラを回転させて宙へと逃げる。


 どんどん巨大化する卵は、あっという間に周囲の瓦礫を圧し潰してしまった。その様子を、漆黒の夜の中、愛たちは上から見下ろす。


 愛たちが以前沖縄で相対した巨大海獣と、同じくらいの大きさになってようやく、蓮の巨大化は止まった。被膜の内側では肉体が、少しずつ形成されている。


「この変化は、まさか……!」

「……これくらいのサイズでないと、フルパワーは出せない。そういう事でいいんですかね」


 ヘリコプターから顔を見せた安里は、珍しく脂汗をかいていた。


 怪獣サイズとなった紅羽蓮。こんなもの、もはや愛や葉金たちだけでどうにかできる者ではない。


なにせ通常サイズの蓮が暴れただけでも、人類はほぼほぼ滅亡するというのに。


「――――――こんな巨大蓮さんが、もしも暴れたら――――――」


 人類が滅べば、まだマシな方。何だったら、世界の表面を3度焼き尽くす邪神が来た方がまだマシ、とまで言えるほどだ。


 間違いなく、地球そのものの危機である。もちろん、前代未聞の事態であった。


 形成されている蓮の巨大な体躯は、徐々に形どられている。これが完全な形となった時、この怪物は解き放たれるだろう。

 卵の状態である今の内が攻撃の機会なのだろうが、ヘリに乗っている面々には、そんな体力も気力も残されていなかった。


 あるのは、ただただ目の前の怪物の絶望感。

 こんなのをどうやって止めればいいのか。通常サイズでも、こんなにみんなボロボロにされてしまったのに。


『――――――メリー・クリスマース!』


 突如聞こえた声にびくっとして振り返ると、それは町の方から聞こえてきた。近くにあった電光掲示板の時計が、『0:00』を示している。


「……そっか、今日、クリスマスイブだったんだ……」


 色々ありすぎて、すっかり忘れていた。そもそも今回の事件の発端は、平等院十華の祖父が主催のクリスマスパーティーから始まっていたのだ。


『ハッハッハー! エブリバディ! メリー・クリスマース!』


 サンタクロースを想起させる壮年男性の声が、誰もいなくなった夜の街に響いていた。町は愛がトゥルブラと繰り広げた空中戦の影響で、皆避難していて誰もいない。誰もいない町に、朗らかな老人の声が虚しく響く。


 本来なら、日付が変わるまで恋人同士で過ごしていた2人は、幸せな気持ちに包まれたはずなのだろう。だが、今年徒歩市でそんな気分を味わっている者は、誰一人としていない。


 ――――――史上最悪のクリスマスが、始まろうとしていた。


<続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る