13-ⅩⅩⅩⅨ ~慟哭と変異~

「……うう、いてててて……」


 瓦礫の中から、にゅるにゅると黒い液体が這い出てきた。人語を発するそれは、やがてみるみると人の形へと姿を変えていく。


 安里修一である。


 同化侵食生命群体である彼に、瓦礫での圧殺という概念は存在しない。自由に形を変えることができるのだから、岩の隙間に入り込むように変形すればいいだけだった。

 完全に人の姿に戻った安里は、周囲を見回す。がれきの下から、幾人かの人影が見えた。多々良葉金、エイミー・クレセンタ、クロム、ラブ、アイニ……みな、気を失っていたり、あちこちケガをしてはいるものの、致命傷は負っていないようだ。


「……蓮さんと、愛さんはどこに……」


 見渡した安里は、その答えをすぐに理解した。


 愛は蓮のすぐ近くに倒れていた。がれきに埋まった状態で。


 そして、それを、蓮が見下ろしている。



 愛を見下ろす蓮の瞳が、揺れていた。

 先ほどまでの荒々しい様子から一転したその様に、安里はまさか、と合点をつける。


「……蓮さんですか?」

「……オ、レ……?」


 安里の方をゆっくりと振り向いた蓮は、かすれた声で問うた。

 口の大部分は獣の顎の骨格のせいで見えないが、目元でどんな感情を抱いているかは、安里にもわかる。


「オレガ、ヤッタノカ……?」


 安里は少し、答えに困った。きっと、自分に彼の望む答えは出せない。


 そして、それは最悪な結末を招くことに間違いなかった。それは、安里にもすぐに理解できる。


 だが、真実を言わないわけにはいかなかった。というか、どう誤魔化そうアと、この状況では無駄になる。


 安里はゆっくりと、真面目な顔で頷いた。


「……ア、アア……!」


 蓮の瞳が、大きく左右にぶれる。同時に、倒れている愛を見やった。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 膝をついて絶叫する。破壊力のある咆哮だったが、それはもう慟哭に近かった。


 蓮の背中の触手が素早く伸びると、蓮の胸を1点に貫いた。赤い血が蓮の胸から流れ出て、瓦礫にしみ込んでいく。


「……っ! マズい!」


 安里は再び黒い不定形へと姿を変えると、愛の方へと伸ばした。衝撃波に気を失った彼女が巻き込まれたら、今度こそ無事では済まない。


 間一髪、絡めとるように愛の身体を攫うと、次の瞬間にその一帯は粉々になった。


 愛を引き寄せながら距離を取ると、蓮は以前慟哭を続けていた。


「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 蓮の目からは、血の涙が流れていた。同時にどんどんと、胸に突き刺さった触手は深く蓮の肉体の奥深くへと食い込んでいく。


 まるで、自分で自分を罰しているようだ。


「……蓮さん、貴方は……」


 見ているうちに、蓮の身体に変化が訪れていく。

 背中から伸び、胸に突き刺さっている触手――――――蓮を包むように伸びる触手から、薄い膜が生成されていく。

 数十秒もしないうちに、膜はすっぽりと蓮の身体を包み込んでしまった。


 被膜を形成して包み込むその様は、まるで――――――。


「……卵?」


 そのように見えた安里は、ぞっとした。卵の内側からドクン、ドクンと音がする。脈動の衝撃で、瓦礫にまみれた地面がわずかに揺れていた。

 脈動を起こす卵の中で、蓮はうずくまり、胎児のようになっている。まさに、卵だ。あるいは羽化を待つ蛹か。


 いずれにせよ、安里にできることは何もない。精々、ケガした面々の安全を確保する事くらいだ。


「愛さん、起きてください。愛さん」

「う、うう……」


 ペシペシと愛の頬を叩き、少し呻いて愛は目を覚ます。


「……安里、さん?」

「はい。大丈夫ですか?」

「何とか……そうだ、蓮さんは!?」

「あれです」


 安里の促す指に沿い、愛は卵となり果てた蓮の姿を目にする。驚きと戸惑いから、口が空いて塞がらなかった。


「……え?」

「どうしてこうなったのかは不明ですが……。動かないなら都合がいい。けが人を連れて、少し離れて様子を見ましょう。手伝ってください」

「けが人……わかり、ました」


 安里と愛、それぞれは瓦礫をどかしながら、気を失っている面々を引っ張り出す。非力な2人の作業なので、いかんせん時間がかかってしまった。

 そして、愛は作業をしながら、すぐそばで脈打っている卵に視線を移す。


 卵の被膜の中でうずくまる蓮の表情は、依然としてうかがい知れないままだ。


(……蓮さん……どうしちゃったの?)


 なんでこんなことになってしまったのか。愛にはさっぱりわからない。せめて霧崎夜道がこの場にいれば、また何か違ったのかもしれないが。

 ともかく、5人を瓦礫から救助し、離れたところで応急処置を施すまでの間、蓮が動くことは一切なかった。

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