13-ⅩⅩⅩⅦ ~VS紅羽蓮(ばけもの)~

 安里の作ったワープゲートを通ると、先ほどまで山だった場所は、見違えるように変わっていた。というか、もはや荒れ地と言った方がいいかもしれない。

 そして、その中心にいる紅羽蓮の姿も、はっきり視認することができた。


「……あれが、蓮殿なのか……?」


 その姿を目の当たりにした葉金たちは、その異様さに目を見張る。話に聞くのと実際に目の当たりにするのでは、迫力が段違いだ。

 彼を蓮だと認識できるのは、鍛え抜かれた肉体と、赤くとげとげした髪、そして、獣のように鋭く光る瞳だけ。赤く変色した身体からあふれ出る禍々しい霊力は、とても蓮とは思えない。


「……なるほど、これは……!」

「なんて事なの……? 本当に、蓮くんじゃない!」


 一方でエクソシストたちも、目の前の怪物に、かつて出会った時の面影を見る。だが、当の彼は唸り声を上げながら、岩肌を拳で破壊していた。


「……なるほど、あれが紅羽蓮くんですか。……何とも、凄まじい」


 クロムが銃を構えて、前に出る。続いて蟲忍変化した葉金と、竜人形態に変形したエイミー・クレセンタが続く。安里と愛、アイニとラブは後方で様子をうかがっている。


 ぎろりと、蓮の目が前衛3人をとらえた。それだけで、進んでいた3人の動きはピタリと止まった。


(……身体が、思うように動かない!)


 最初は蓮の威圧感で動けなくなったのかと、後ろにいた面々は思っていた。だが、違った。蓮の身体から放たれる霊力が、葉金たちに纏わりついている。安里を除く全員が、それを視認できていた。


「――――――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!」


 3人の敵を見据えて、蓮が凄まじい雄たけびを上げる。

 重い身体を必死に動かして構えた時には、すでに蓮の拳はクロムの前に迫っていた。


「――――――危ないっ!」


 エイミーが咄嗟に、蓮にタックルをする。3人の中で一番膂力りょりょくが高いのは、竜の怪人である彼女だ。

 蓮の腰に腕を回したエイミーは、渾身の力で蓮を押さえつけた。クロムに振り下ろそうとしたこぶしは、行き場なく空ぶる。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!」

「うああああああああああああああああああああ!」


 蓮はエイミーを振りほどこうとするが、エイミーは引き離せなかった。彼女の全身には、血管が浮き出ている。全力、それ以上の力を以て、彼女は蓮にしがみついていた。


(……やはり、蓮殿は弱っている!)


 葉金は安里の推論を確証した。悪霊に憑りつかれたことで、蓮は普段よりも弱体化している。本来の彼ならば、あんな怪人の組付きなどたやすく振りほどけるはずだ。


「……止まりなさい!」


 クロムの銃から、銃弾を放つ。銃に込められていたのは、特殊な麻酔銃だ。身体に打ち込むことができれば、霊力の発生を内側から抑えることができる。


 ――――――だが、蓮の肩に撃たれた弾丸は、そのまま上へと弾かれた。


「なっ!?」


 蓮と出会ったばかりのクロムは知る由もなかったが、蓮の肉体の強度は尋常ではない。殴りつけようものなら、その腕がへし折れるほどの強度。銃弾など、よほど特殊な加工をしていない限りはそうそう肉体に刺さることはない。


 それを知っているエイミーだからこそ、ドラゴンの爪による攻撃ではなく、組付きを行ったのだ。

 そしてそれは、ムカデニンジャーであり、強力な爪を持つ葉金も同様である。


「……蓮殿!」


 葉金は蓮の眼前に近づくと、握った拳を鼻に叩き込む。


「……グアアアアアッ!」


 拳を食らった蓮は、少し間をおいてから、のけぞって苦しみ始める。エイミーが組み付くのを止めると、よろよろとのけぞって尻餅をついた。


「グアアアアアアアアアアアッ! グアアアアアアアアアアアッ!」


 鼻を押さえてごろごろと地面を転がる蓮に、3人は距離を取る。


「はぁ、はぁ……腕の筋が切れるかと思った」

「一体何をしたんですか? 東洋の退魔師さん」

「……以前、蓮殿の弱点を見たことがある」


 一体いつの事だったろうか。蓮が悶え苦しんだ末に、気を失ったのを見たのは。


 紅羽蓮の驚異的な身体能力は、五感も常人以上に高めている。そのため、蓮は匂いや音と言ったものが、非常に苦手なのだ。

 以前蓮が倒れた時は、眼前でシュールストレミングの缶を爆発されていた。あんなもの、普通の人でも気を失うと思う。葉金はマスクをしていたし、元々匂いなどには強いので平気だが。ムカデニンジャーの装束は、しばらく匂いがついて使い物にならなくなった。


 今のは、その弱点を利用した不意打ちである。


「……急ごしらえで用意したものだが、なかなかに効くな」


 葉金の手装甲には、近隣の山で見つけたいたちの体液を染み込ませてある。いわゆる「鼬の最後っ屁」と呼ばれるものであり、強烈な匂いで敵を追い払うときに大概に排出されるものだ。

 シュールストレミングの匂いとは比べるべくもないが、それでも鼻の良い蓮には効果てきめんである。なお、シュールストレミングは今回用意はない。葉金以外の人間に、匂いを防ぐ術がないからだ。


 とはいえ、所詮時間稼ぎ。この状態の蓮を、何とかしないことには終わらない。

 ――――――そして、それができるのは、おそらく立花愛だけである。


「……方々、今のうちに!」

「おう!」


 前衛3人は駆け出すと、3人で一気に蓮を上から押さえ込む。


「グオオオオオ……っ!」

「蓮殿、御免! ―――――――忍法・『幽体離脱』!!」


 葉金は蓮の顔面に手を押し当て、印を結んだ。同時に、蓮の顔から、どす黒い貌が葉金の手に吸い付くように現れる。


「……あれです! 僕らがさっき見たのは」

「じゃあ、あれが……モテヘン念!?」


 おぞましい表情の顔にも見える大怨霊の姿に、愛は背筋がぞわりと粟立った。

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