13-ⅩⅩⅩⅥ ~魂と肉体の関係性~

「推測ですが、詩織たちがしくじったのでしょう。アイツらに、奴を鎮める儀式をさせていたのですが……」


 モテヘン念の詳細について、葉金はぽつぽつと語り始めた。どういう怨霊であり、どれほど恐ろしいものなのか、その詳細を。

 話を聞いた後、愛たちは眩暈めまいに襲われそうになった。あまりにも馬鹿馬鹿しすぎる大怨霊の発生の起源に、崩れ落ちそうになってしまう。


「……な、なんつーアホな怨霊なんだ……!」

「確かにアホだが、猛威は本物だ。かつて、コイツに滅ぼされた国があるくらいだからな」

「こんなのに滅ぼされたら、歴史に残ってても恥ずかしいでしょうけどねえ」

「ともかく、モテヘン念はそれほどまでに危険な怨霊なのです。あれが世に解き放たれたら、大変なことになる」


 そこまで言って、葉金は口を一文字に結んだ。このような事態になったきっかけを作ってしまった、一端の責任を感じているようだった。


「……まあ、解き放たれてしまったものはともかくです。問題は蓮さんですよ。アレ、どうしましょう」

「そもそも、なんで蓮さんが怨霊に憑りつかれちゃったんでしょうか?」


 悪魔だって憑りつくことができずに、弾かれてしまうはずなのに。

 その問いかけに、葉金は首を横に振った。


「……それは、俺にも。いくらモテヘン念と言えども、あの蓮殿が簡単に憑依を許すとは思えないのですが……」

「……それについては、こちらから仮説を提唱しましょう」


 ふと、事務所の入り口から声がした。ぱっと見やると、そこに立っていたのは、3人のエクソシストたちである。


「クロムさん! ラブさんに、アイニさんも」

「これまた、随分とお久しぶりですねぇ」

「愛ちゃん……良かった、無事で」


 アイニはよろよろと愛に近寄ると、力なく抱きしめる。そして、そのまま立ち上がれなくなってしまった。街中を駆けずり回っていたらしく、足が棒のようになっていたらしい。


「……街の上空をとんでもない悪霊が通り過ぎていったのは、我々も確認済みです。それに憑依されてしまった御仁がいると?」

「というか……あの少年って、本当か?」


 ラブの怪訝な顔に、愛たちは頷く。蓮の戦闘能力を知っているラブとアイニは、さっと青ざめた。

 一方蓮の事を直接は知らないクロムは、ふむ、と顎を触りながら一考する。


「……本来、霊的耐性の高い人間が憑依を許す。これには、主に2パターンあります。一つは、悪霊が体質以上のを以て憑依すること」


 親和性。これは、悪魔ネクロイを対峙する際にも出てきた単語だ。悪魔や怨霊は、憑りついたものとの親和性が高ければ高いほど力を増す。

 逆に親和性が低ければ、霊は憑りつくこともできない。一方で霊的な存在を感じ取りにくくなる。

 以前蓮たちが悪魔ネクロイを退治したときはそれを逆手に取り、親和性が高すぎて憑依した肉体から離れられない、という状況に持って行ったことがあった。それくらいに、親和性は悪魔や霊に強く影響するのだ。


「つまり、その……モテヘン念と蓮さんの相性が、とっても良いってことですか?」

「しかし、そんな都合の良いことがあるでしょうか?」

「私もそう思います。なので、パターンの2つ目。その少年――――――蓮くん、ですか? 彼の霊的耐性が、逆に弱まった場合です」


 クロムは眼鏡を光らせながら、そう言った。


「弱まる? そんな事、あるんですか?」

「大いにあり得ます。というか、ほとんどの場合、憑依される人間はそういうケースの方が多い」

「一体、どうして……?」

「……これは我が聖教の考えなのですがね」


 健全なる精神は、健全なる身体に宿る。この言葉になぞらえて、精神と肉体のバランスにより、その人間の「強度」というのは変わってくる。

 精神――――――つまり魂と、肉体の相性。これも親和性であり、これが高ければ高いほど、人間の強さは変わるというものだ。


「話を聞く限りその少年――――――紅羽蓮、というのは、相当魂と肉体の相性が良いのでしょうね」

「……それが蓮さんの、強さの秘密ってことですか?」

「あくまで聖教の考えですから、一概には言えないですが」


 クロムの言葉に、愛は息を呑んだ。思わぬところで、蓮の「最強」の秘密を知った気がしたのだ。


「……そして、魂と肉体のバランスは、案外崩れやすい。ほら、気持ちが不安になると、体調崩したりするでしょう。ストレスで倒れるとか」

「……ああ、なるほど」


 ここまでの説明で、安里は納得したらしい。同様に、葉金も理解したようで、腕を組んで頷いている。理解が追い付かないのは、学力も普通なら専門家でもない愛たちだけだ。


「ど、どういうことですか?」

「蓮さんは―――――――だから、耐性が下がって憑依を許してしまった。そう言う事ですね?」

「あくまで推測ですがね」

「精神の不安定……それって、もしかして、「怒り」も含まれるのか?」


 あの時の蓮は、加減が効かないほどに怒り狂っていたのを、エイミーも知っている。あの時の蓮は、明らかに普通ではなかった。


「……我を忘れるほどの怒りなら、十分あり得ます」

「となると、それが原因ですね」

「蓮さん、そんなに怒ってたんですか……?」


 私たちが攫われた、って聞いて?

 なんだかちょっと嬉しいような、それでいて原因になってしまったことが辛いような。複雑な気持ちに、愛は挟まれた。


「……ともかく。憑依されてしまった蓮殿を解放するのが、先決でしょう」

「でもどうやって? アイツの強さは、それこそバケモノだぞ」

「……これは僕の推察ですが」


 蓮の強さに足取りの重くなる面々に、安里は助け舟を出した。


「蓮さん、心と身体のバランスが崩れてるんですよね? であれば……蓮さん、幾ばくか弱体化しているんじゃないでしょうか」

「弱体化?」

「ほら、体調崩すって今言ってたじゃないですか。なら、悪霊に憑りつかれるくらい乱れているなら、相当体調を崩してるってことになりますよね」

「……確かに、あり得ない話ではありませんね」


 安里の言葉に、クロムも何度か頷く。それなら、まだなんとかなる……か?


「とはいえ……あの紅羽蓮だぞ? 弱体化したところで……」


 元が「最強」なので、その強さは計り知れない。普段の蓮だって、常人ならば気が狂いそうなほどに手加減をしているというのに。


「……でも! 蓮さんをずっとあのままにしておくわけにはいかないですよ!」

「そりゃそうですよ。蓮さんがもし暴れ出したら、この世界は終わりです」


 愛の言葉に安里がかぶせて、いよいよもって蓮を放っておくわけにはいかない、という空気に探偵事務所に包まれた。全員が、一度自分の中でかみ砕いたうえで、蓮と対峙することを決意する。


「……そうと決まれば、急ぎましょう。もし怪人化した蓮さんが山を下りたら、どうにもならなく――――――」


 安里がそう言いかけた時、遠くから地鳴りのような音がする。何事かと思って外を見やり、全員が驚愕した。


 ―――――――遠くで山が崩れている。あれは、先ほどまで自分たちがいた山――――――すなわち、蓮がいる山だ。


「……急ぎましょうか。マジで」


 このままだと、周辺の地形が大きく変わってしまう。地図を作っている国土地理院に、多大な迷惑をかけるわけにもいかなかった。

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