13-ⅩⅩⅩⅤ ~ひとまず山を抜けて~
愛は、山道を必死に走っていた。遠くからは、獣のような蓮の咆哮が聞こえてくる。遠くから、ということはなかなかに距離を取れているらしい。
だが、安心はできなかった。何せ、紅羽蓮なのだ。彼が本気でこちらを追うというのなら、距離などあってないに等しい。瞬きする間に、背後に迫っているかもしれないのだ。
(……蓮さん、どうしちゃったんだろう)
トゥルブラの目くばせ、異常極まりない蓮の変貌。それによって咄嗟に、蓮から逃げてしまった。
そのことに胸をチクリと痛ませながら、愛は山を駆け下りる。学生服の靴は、山道を走るには泣けるほど向いていない。事実、愛の目には涙が滲んでいた。
とにかく、今の愛には蓮に対し、どうすることもできない。なので、とにかく山を下りるしかなかった。
愛と同じくトゥルブラに連れてこられた女子高生たちの姿は見えない。きっと違うルートで降りているのだろう。
「グォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」
「きゃああっ!」
まるで落雷のように、蓮の咆哮がこだました。愛は思わず、耳を塞いで伏せる。しばらくしん、としていたが、やがて愛は再び立ち上がる。
しばらく、そのままじっとしていた。立ち上がろうにも、立ち上がれなかった。
雑草と土を踏む音が、愛の耳に入った。愛は全身をびくりと震わせる。息が荒くなって、顔を上げることもできない。
しばらくぶるぶると震えながら、精いっぱいの勇気を振り絞って顔を上げる。
そこにいたのは――――――。
「――――――大丈夫ですか? 愛さん」
「……安里さん!」
柔和な笑みを浮かべている、安里修一だった。彼の差し伸べた手を取り立ち上がると、身体に力が入らなくて、ふらつく。後ろから支えてくれたのは、エイミー・クレセンタだった。
「エイミー……さん……」
「大丈夫か!? いったい何が……」
「……とにかく、いったん場所を移しましょう。得体の知れない気配に満ち満ちてますからね、この山」
安里はにこりと笑うと、いつもの四次元空間が現われる。そこを通ると、慣れ親しんだ安里探偵事務所のオフィスがあった。
******
「……ふう……」
淹れたてのコーヒーを飲み、愛は気持ちを落ち着かせていた。安全なところに来た、という感情が、愛の気持ちを落ち着かせてくれた。
「……おおよその事情は聴きましたよ。けったいな格好をした女子高生の方々からね」
安里たちが蓮の後を追い、山中へとやって来た時、先に山を下りていた女子高生と平等院十華と遭遇した。彼女たちを安全なところへ送り届ける際、十華から奇妙なことを聞いている。
「紅羽くんが、怪人のようになっていたわ」
「何ですって?」
耳を疑った安里だったが、女子高生の一人と「同化」すると、その光景を読み取ることができた。
「なので大至急愛さんを回収しなければと思い、山中へ臨んだわけですよ」
「……蓮さんは、どうしちゃったんだろう?」
「さあ、僕もそこまでは。実際に見てみないとわからないですしね」
「……それで、蓮の怪人化……については、実は、私たちは心当たりがある」
「本当!?」
エイミーの言葉に、愛は身を乗り出した。
「どういうことなの!?」
「……まあ、あれが原因である、というのであれば、ある程度の仮説を立てることはできます。順を追って説明しましょうか」
安里はほんの十数分前のことを振り返り始めた――――――。
******
蓮が喫茶店の壁を破壊して、あっという間に見えなくなってしまった直後。安里とエイミー、そしてボーグマンは、探知した愛の居場所を目指して移動をしていた。手頃な乗り物がなかったので、ボーグマンにリヤカーを牽引させての移動である。ドラゴンであるエイミーの背中に乗るのは、安里には結構怖かった。
「……街に人がいないのが幸いですねえ」
「だな」
ふと見やれば、地面の所々が抉れている部分がある。蓮が地を駆ける際、強く蹴りすぎた証拠だ。抉れた箇所を中心に、大きく日々が割れていた。この道路の整備には、骨が折れるだろう。
こんなの、もはや台風だ。その台風の目は、高速で移動を続けている。これ、巻き込まれる愛たちが大変なことにならないか? と思わなくもない。
そんな風に思いながら、リヤカーで冬の風を感じている時。
空の色が、変わった。
「……おや?」
真夜中だというのに、空の色の変化はすぐにわかった。輝いていた星空が、急にどす黒くなってしまったのだ。そして空中を見遣れば、あったのは邪悪な
それも、一つではない。もっと沢山の、無数の貌だ。
「……何ですか、アレは?」
「なんて禍々しいスピリットだ……。あんなの見たことないぞ!?」
無数の貌の集合体は、どこか哀しげにも見える。
塊は矢のように飛んでいった。それは、安里たちの向かう方角と、ぴったりと一致した。
******
「それで山に着いてみれば、コスプレ少女の群れに遭遇しまして。彼女らはボーグマンに任せて、僕らは山の中へ、というわけです」
「禍々しいスピリット……それが、蓮さんがああなってしまった原因、ってことですか?」
愛が疑問に思うのも無理はなかった。なぜなら彼女が気が付いたのは、蓮が変貌してしまった後だったからだ。
「その可能性は高いだろうな……何だったんだ、アレは?」
「――――――それについては、俺が」
「「わあああ!?」」
愛とエイミーは仰天した。何せ、窓枠を掴んで、
「は、葉金さん!?」
「どうしたんですか、急に」
「その禍々しい霊体……心当たりがあります」
窓から事務所の中に入ると、葉金は深刻な面持ちで座り込む。
「……その霊の名は、モテヘン念。蟲忍衆が毎年封じ込めている、恐るべき荒魂です」
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