13-ⅩⅩⅩⅣ ~怪物~

「……う……」


 地面が揺れる奇妙な感覚に愛が目を覚ますと、吸血鬼トゥルブラによる血の結束が緩んでいた。

 そして周りを見やれば、自分は外にいる。さっきまでいたはずの廃屋は、見るも無残に倒壊していた。

 そして、振動の音源となるところにいるのは――――――。


「……蓮、さん?」


 地ならしのように足元を踏みならす、赤い身体の蓮らしき人物は、声をかけられてぎろりと愛の方を見やった。


「――――――っ!」


 その瞬間、愛は恐怖した。どす黒い霊力が、赤い身体からあふれ出している。姿こそ蓮にそっくりだが、放つ気配はまるで別人のようだ。


「ひ……」


 驚いた愛は、彼の足元にあるものをみて、更にぎょっとした。血だまりに、赤と黒の肉片。はっきり存在している右手が、それが吸血鬼トゥルブラであったことを指し示している。その手も、蓮によって無造作に踏みつぶされた。


「……蓮さん!? 何して――――――」

「き、きゃあああああああ!」

「何!? ここ、どこ!?」


 声がした方を見やると、黒いマントの中から出てきた女子高生たちが這い出ていた。恐らくトゥルブラがやられたことで、彼女たちにかけられていた催眠術も解けたのだ。そして、目の前の惨状に、何も状況がわからない少女たちは恐慌状態に陥る。


「―――――――ぎゃあああああああああああああああああ! バケモノ!!」


 蓮を見据えて放たれた言葉に、蓮はピクリと反応した。

 そして、くるりと踵を返すと、女子高生たちに向かって歩き始める。「グルルルル……」と、低く唸り声を上げながら。その声は、禍々しい怨嗟に満ち溢れていた。


「れ、蓮さん!?」


 愛は慌てて、蓮の元へと駆け寄る。怯える女子高生に、蓮は腕を振り上げた。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!」

「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」


 振り下ろされた腕は、女子高生に当たる―――――――ことはなく、その鼻先をかすめる程度だ。行き場のない破壊の行く先は、彼女の足元を吹き飛ばす。女子高生は、吹っ飛ばされて後方に倒れた。


「……嘘……!?」


 愛はぎょっとして、吹っ飛ばされた女子高生に駆け寄る。意識はないが、目立った外傷はない。だが、呼吸の仕方が、ひどく歪だった。


(……これって……!)

「愛!? これは、どういう……」

「――――――十華ちゃん! すぐにここから逃げて!」


 マントから出てきた十華に、愛はぴしゃりと叫んだ。


「え……!? 何を」

「危ないから! この人たちを連れて、ここから早く!」

「逃げるって、どこにいるかもわからないのに……!」

「とにかくここじゃないところへ―――――――」


 そう言いかけた時、蓮が次の標的――――――十華に、とびかかろうとしているのを、愛は視界の端でとらえた。


「……ダメェっ!」


 愛は咄嗟に、蓮の身体にしがみつく。だが、凄い力で歩く蓮の歩みは、普通の女子高生である愛の膂力では小揺るぎもしない。


「な、紅羽くん!? 何、その姿……!?」

「早く! 逃げて!」


 とにかく必死に、そう叫ぶしかなかった。十華もただならぬ事態に、倒れている女子高生を抱えて離れる。少しすると、マントの中からわらわらと、様々な格好の女子高生たちが現われては、消えていった。


「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「蓮さん! ダメ! ダメ!」


 追おうとする蓮の前に、愛は両手を広げて立ちふさがった。

 その瞬間、蓮の歩みが、ピタリと止まる。


「どうしちゃったの!? 蓮さん! 元に戻って!」

「グ、ウウウウウ……!」


 少し後ずさりながらも、蓮はうなり声を上げながら愛を睨みつけていた。

 その瞳には、激しい憎悪が燃えている。何でこんな敵意ある目で蓮に見られているのか、愛には全く身に覚えがない。


(……この状態、どう見たって普通じゃない。でも……)


 蓮から霊力を感じること自体が、愛にとっては違和感でしかない。何せ、蓮の霊感はゼロを通り越してマイナスの、いわゆる「霊絶体質」なのだ。悪魔が憑りつくこともできないほどに、蓮と霊力というものは相性が悪い。

 そんな蓮が、霊力なんて持っているはずがないのである。

 しかしながら、真っ赤に変色した身体に、黒い目。それに、口部分に顕現した、獣の顎のような骨格。霊的なものでなければ、怪人であるとしか言いようのない姿だが、本人も常々言っているように、紅羽蓮は怪人でもない。生物学上、ただの人間である。本人だけの申告で足りないなら、安里修一のお墨付きも追加しよう。


「蓮さん!? 蓮さん!」

「グ……ウゥ……!」


 とうとう蓮が、愛に向かってもこぶしを振り上げた。思わず愛が目をつぶった、その時――――――。


「……女の子に、手を上げるもんじゃ……ない」


 蓮の腕に、赤黒いロープが絡みついていた。それが、振り上げた蓮の腕を、それ以上戻せないようにしている。

 ロープの出所を蓮と愛が見やると、そこにはトゥルブラがいた。


 ――――――上半身だけの姿で、ゆっくりと再生しながら。


「……貴方は……!」

「こんな、バケモノだったとはネ……! いやはや、日本とは恐ろしいものだ」


 にやりと笑いながら、パチパチとトゥルブラはウィンクをする。それは、振り向いている蓮にはわからない、彼の背後にいる愛へのメッセージだった。


 ――――――今の、うちに、逃げろ。


(で、でも……蓮さんは……!)


 愛はトゥルブラのメッセージを、しっかりと受け止めていた。だが、足が動かない。恐怖というよりも、蓮がどうしてこうなってしまったのかわからない、という戸惑いが、彼女の足を止めてしまっていたのだ。


 蓮はロープを力任せに振り切ると、ぎろりとトゥルブラを睨みつけ、彼に近づいていく。ズシン、ズシンと、今までの蓮にはない重々しい足取りは、まるで熊や象のような、重量級の獣を想起させた。

 蓮はトゥルブラの髪を掴み、上へと持ち上げる。そしてそのまま、彼の上半身を蹴り飛ばした。


「……グハッ!」


 サッカーボールのように飛んでいったトゥルブラの治りかけの上半身は、またもバラバラに砕け散っていく。その状態で、トゥルブラはなおも足を止めている愛の方を見やった。


(……ええい、クソ!)


 目に血流を集中させて、ビームのように放つ。ビームは愛の顔を掠めると、後ろの岩肌を抉った。


「……っ!」


 はっとした愛は、ぱっと踵を返す。そして、じりじりと後ずさると、一気に山を駆け下りていった。

 その様を見届けたトゥルブラは、ふっと微笑む。もう、蓮は彼の頭上にたどり着いていた。


(……本当に、すまなかったネ)


 にこやかに笑う吸血鬼の頭に、蓮の足が乗せられる。ミシミシと音を立てて、再び彼の頭はバラバラに踏み砕かれた。

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