13-ⅩⅩⅩⅢ ~おや? 蓮さんの様子が……~

 倒壊する屋敷に飛び込んだトゥルブラは、まずは倒れている愛を抱きかかえた。そして、その直後にマントを飛ばして、十華を含んだほかの女子高生たちを包む。これで取りあえず、彼女たちは大丈夫のはずだ。


(よし、じゃあこの子はこのまま脱出を――――――!?)


 そう思ったトゥルブラの後頭部に、瓦礫が直撃した。


「あだっ!?」


 愛を抱えている以上、すり抜けるわけにもいかない。結果、トゥルブラは後頭部で瓦礫を受け止めるしかなかった。

 瓦礫でのダメージは大してないものの、防御態勢も取らずに食らった衝撃は伝わる。結果、トゥルブラの頭は、がくんと下がって、愛に近くなる。


 結構顔は近づいたが、それ以上でもそれ以下でもない。――――――本人にとっては。

 だが、それを真後ろで見ていた者には、どう映るのか。


 涙目になっている真祖には、想像する余裕がなかった。


******


「――――――あ」


 目の前の光景を見た瞬間、どうして、こんな気持ちになったのか、蓮にもわからなかった。だが、胸が以上に苦しくなる。

 思えば自分は、この光景を見たくないがために、ここに来たのかもしれない。その目的は、とうとう果たせなかった。


 無力感、絶望感。そんな感情が、蓮の胸中に去来する。立ち上がったばかりの足からは、力が抜けかける。


「あ、あ」


 声にならない声が出た。我ながら情けない――――――いや、もはやそんな事言ってもいられない。


「ああああああああ―――――――」


 目尻に、じわりと涙が浮かぶ。蓮自身、どうしてこんなことになっているのか、まともに考えることもできなかった。

 怒り、悔しさ、悲しさ。そんな色んな感情がないまぜになっていき、どんどん訳が分からなくなっていく。


「……う、ああ……」


 そして、ゆらりと倒れそうになるくらい、足の力が抜けていく。

 そのまま倒れるかと思ったが……。


 ――――――その瞬間、蓮の身体が、がくんと揺れた。


******


 トゥルブラがはっと振り返ったのは、並々ならぬ気配を感じたからだった。それは、蓮人違うという事だけは、はっきりしている。感じているのは、霊力的な気配だったから。それも、かなり邪悪で、禍々しい。


 ふと上を見やると、空の色がおかしい。真っ暗であるのは間違いないのだが、星が見えなくなっていた。先ほど空中戦を繰り広げていた時は、星も見えていたのに。


 空の上では、漆黒の空に溶け込むように、黒い何かが渦巻いていた。見るだけで吐き気を催しそうな、邪悪な気配をたたえる「何か」。


 そして、その黒い渦が――――――立ちすくんでいた紅羽蓮に、降り注いだのだ。


「なぁっ!?」


 そして、渦に呑まれた蓮の姿が、みるみると変化していく。


露になっていく上半身は、どんどんと赤く変色していった。眼球は漆黒に染まり、顔を覆うように、獣の顎のような骨格が現われる。


 呑んだ渦が止んだ時、そこにいた少年からは、今までに感じたことのないものを、トゥルブラは感じていた。霊力だ。


「……何だ、これは……!?」


 トゥルブラが愛を抱えながらぽつりと呟いた、その瞬間。


「ウォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッッッッ!!」


 獣のような凄まじい咆哮が、蓮から飛び出した。それは今までのどの攻撃よりも、激しい衝撃波を巻き起こす。


「ぐうううううううううううううううううううっ!?」


 トゥルブラは愛を抱えたまま、後方へと吹き飛ばされた。屋敷の残骸、周囲の山を形成する岩や木なども、もれなく吹き飛んでいく。


(……こ、これは……!)


 蓮の咆哮には、霊力がこもっていた。

 そして、トゥルブラがはっと気づいた時には、蓮であるはずの異形の姿が、眼前に迫っている。異形は先ほどと同様、こぶしを振りかぶっていた。


(マズい!)


 愛を放り投げると同時に、トゥルブラの肩に異形の拳がめり込んだ。それは愛を放り投げる方の動きとは、真逆に吹き飛ばすこぶしの突き刺さり方である。


「ぐっ……! うぅ……っ!?」


 勢いは一切殺されぬままに、異形はトゥルブラの肩に拳を押し込む。凄まじい力に耐え切れず――――――トゥルブラの身体は、回転しながら吹き飛ばされた。


「ぐあああああああああああああああああああああああああああっ!!!」


 吹き飛ぶと同時、着弾点である左肩は抉れ、腕は千切れていた。霧になって無効化するのとは違う、正真正銘身体を引きちぎられた激痛が、真祖を襲う。

 そして、異形は一切待ってはくれない。矢のように跳んだかと思えば、次の瞬間には、トゥルブラのわき腹に蹴りが突き刺さる。通り道にある内臓をすべて貫通し、足は身体を突き抜けた。


「がはっ!」


 吐血するトゥルブラの髪を掴み、持ち上げる。そのまま、顔面へ拳を叩きこんだ。それも、一瞬に数度も。

 顔面の形がわからなくなった吸血鬼の頭を、頭蓋が軋むほどの力で掴む。そのまま上に持ち上げて――――――やがて、首が千切れた。


「グォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――――――――――――――――――ッッッ!!」


 異形は咆哮を上げながら、首を掲げた。そしてぎろりとトゥルブラの身体を見やると、貫いていた足を引き抜く。


 原型が残らないように、足で乱雑に踏み潰し始めた。

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