13-ⅩⅩⅩⅡ ~紅羽蓮VS吸血鬼トゥルブラ~

 顔面を貫いたが、全く手ごたえがなかった。

 以前、街の片隅でこの男と対峙したときとまったく同じだ。あの時放った蹴りも、こうやってすり抜けるように貫通したのである。


 違うところと言えば、今の蓮はあまり加減が効かないこと。

 蓮の拳はトゥルブラの頭を突き抜けた。では、行き場のない衝撃は、何所へ向かうのか? けたたましい音を立てて、トゥルブラの後方が吹き飛んだ。


「オーウ! 危ないじゃないカ、君ィ!」


 腕から抜けるように移動し、トゥルブラの頭が、黒い霧から元に戻っていく。その様子はを見るに、一切ダメージなどは負っていない。


「ここには女の子が沢山いるんだ、ケガさせるわけにはいかないだろ?」


 そう言うトゥルブラだったが、蓮はすでに次の攻撃のモーションに入っている。


(……まずい!)


 トゥルブラ自身は攻撃を受けることは何の問題もない。だが、周りにいる女の子たちは話が別だ。あんな威力の衝撃をもろに食らえば、間違いなく身体が弾け飛んで死ぬだろう。それはトゥルブラにしてもよろしくない。連れてきた身として、五体満足、無傷で親元に返さなければならないからだ。


「……そら、こっちだ!」


 吸血鬼は窓ガラスを割り、外へと飛び出した。拳を振り上げた蓮の目が、ギロリと移動する。そして、振り上げられた拳はピタリと止まった。


 ――――――だが、今度は足を振りかぶる。屋敷の外に出たトゥルブラには、それが見えていない。


 廃屋から、地面を深く抉る斬撃が飛び出した。それは、トゥルブラの身体を真っ二つに寸断する。


「――――――ウオオオオオっ!」


 ダメージにはならないし、何ならすぐにくっつく。だが、周囲へのダメージは甚大だった。トゥルブラ自身もこの屋敷については詳しくは知らない。だが、なかなかの名家が建てた家なのだろうということはわかった。それほどの大きさの建物だったのだ。

 その屋敷が、真っ二つになっている。おまけに、抉れた山肌からは、いくつもの地層が露になっている。まるでステーキを切ったかのように、綺麗な切れ方をしていた。


(……恐ろしいネ、まったく!)


 吸血鬼の真祖である自分でも、こんなことできるかわからない。そんな研ぎ澄まされた斬撃を、この男は足一本でやっていた。

 そして瞬きする間には、もう間合いを詰めているのだから、恐ろしい限りである。


 蓮のアームハンマーが、今度はトゥルブラを縦に引き裂いた。引き裂くようにすり抜けた打撃は地面へと激突し、周囲はもはや弾け飛ぶ。


「……いい加減にシたまえヨ!?」


 トゥルブラは瞬時に再生すると、蓮の両腕を掴んだ。だが、その瞬間に、背筋にぞわりとした感覚を覚える。

 まるで、ネズミがカバの突進を抑え込もうとするような――――――。


(あ、無理だコレ)


 蓮に力任せに振り払われた腕は、そのまま霧となって千切れる。単なる腕力では、もうどうにかなる相手ではなかった。何だったら、腕を振り払った余波で周囲の木々まで吹き飛んでいる。


「なんだか知らないが落ち着き給え!? 私は別に、彼女らに何もしていない!」


 腕を再生させながら呼びかけるが、頭に血が昇っている蓮には、一切聞こえていない。もう、ボディーブローをトゥルブラの鳩尾に突き刺している。別に効かないが。


(……完全に我を忘れている。落ち着かせないとダメだな)


 兎にも角にも、今戦っている場所が悪すぎる。この場所では、女の子たちが巻き込まれかねない。透視能力で確認してはいるが、無事なのが奇跡なくらいだ。


 トゥルブラの指先に霊力が込められる。そして、蓮のこめかみに指先を当てると、そのままぶっ放した。


「―――――――っ!!」


 蓮の顔が大きく横に揺れる。エクソシストならぶっ飛ぶくらいの威力のはずなのだが、この少年は顔がぐらつくだけで、地に足はしっかりついていた。とんでもない防御力だ。


(これでもダメか!)


 崩れかけた屋敷から距離を取りつつ、トゥルブラは身構える。跳びかかってくる蓮の攻撃は、すり抜けるわけにはいかない。余波で周囲が吹き飛ぶ。

 蓮の拳が、再度トゥルブラの顔面を突き抜けた。


 もう、反応できる速度の攻撃でないことはわかっている。だったら、最初から食らうことを想定すればいい。攻撃が効かないからこそできる、捨て身の戦法だ。

 そして、ただ食らうだけではない。蓮が攻撃してきたモーションに合わせて、伸びきった蓮の腕と胸倉を掴む。そのまま腰をひねり、蓮の身体を乗せて――――――。


 首無しの吸血鬼による、一本背負いが決まった。


 自分自身の力が加わった強烈な一撃。受け身も取らせないよう、下に叩きつける。


「――――――がはっ!」

「ジュー・ジュツ。君たち日本人の得意技だろう?」


 そして、一瞬でも動きが止まった。このチャンスを見逃す真祖ではない。

 仰向けに倒れ、肺にたまった空気を吐き出した蓮に、トゥルブラは次の手を打つ。


 霊力を込めた血を飛ばし、蓮の身体を固定する。その方法は――――――「地獄組」。一度組み上げたら、もう外すことのできない組み方。

 本来は大工などが木材で行う組み方なのだが、トゥルブラはこの材料を、自らの血とした。血を霊力で強化し、強度を高めたうえで、頭の中で組み立てた設計図通りに、一瞬で組み立てる。それも、倒れている紅羽蓮を巻き込んで。


「……これで、しばらくは動けまいヨ」


 あの組み方に固定されたら、動くことはできないはずなのだが、蓮は動こうとしている。恐るべきはそのフィジカルだ。だが、さすがに外的要因なしに、脱出するのは容易ではないらしい。


「……さて……」


 トゥルブラは服を正すと、屋敷に向き直る。屋敷は蓮の攻撃の影響で、今にも崩れそうになっていた。屋敷そのものの損傷もそうだが、山の地盤なども砕かれてめちゃくちゃだ。基礎など、ほとんど機能していないだろう。

 屋敷に向かって歩みを進めたところで、ガラガラという音が屋敷からトゥルブラの耳に届く。もう、時間はない。


「いかん!」


 トゥルブラが駆け出すと同時、屋敷は崩れ出す。そこにトゥルブラが飛び出したのと、蓮が地獄組を力ずくでぶち破ったのは、ほぼ同時である。


「……!」


 息を荒げる蓮は、黙々と立ち上がる煙の中に見えた。見えてしまった。


 ――――――お姫様抱っこされている愛が、吸血鬼と口づけしているのを。

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