13-ⅩⅩⅩⅠ ~少女に迫る見た目50代の紳士~
「……う、ここは……?」
「お目覚めかネ?」
愛が目を覚ますと、まずはっきりわかったのは身体を縛られていることだった。そして次に、トゥルブラが椅子に座って、赤い飲み物を飲んでいる。ご丁寧に、ワイングラスだ。
「……っ! 何コレ!?」
「私の血で作った特別製だヨ? おかげでちょっと貧血気味。あ、ちなみに今呑んでるこれは病院から拝借した輸血用の血だヨ」
愛を縛っているのは赤黒いロープだった。そして、愛が霊力を練ろうとすると、その霊力をロープに吸い上げられてしまう。
「君を野放しにするのはさすがに危険だからネェ。悪いけど、一番怖いから着いてきてもらったよ」
「……十華ちゃんは!? どこ!?」
「あそこ」
トゥルブラが指さした先で、愛が見たのは――――――十華の、変わり果てた姿だ。
「……ドレス?」
再び催眠を受けたのか、うつろな目でぼうっとしている十華は、ピンク色のドレスを着て、まるでお人形のようにたたずんでいる。
いや、十華だけではない。十華を先頭にして、おおよそ10人ほど。様々な衣装を着飾った愛たちと同年代であろう少女たちが、うつろな目で立っている。まるでボウリングのピンのような配置だった。
そして、気になるのは、胸には同じようにリボンをつけていること。色は様々だが、チャイナドレスにまでリボンが着いているのはさすがに不自然だ。
「言っとくけど、私は彼女たちの身体には触れてないヨ? お着替えは各自、自分でやってもらったからネ」
「……貴方は、何が目的なの!? どうして、十華ちゃんたちを……!」
愛はきっとトゥルブラを睨むが、当のトゥルブラはワイングラスを回しながら笑っている。
「いやあ、それは、ネ? こっちにも色々事情があるんだヨ」
「事情?」
「ま、君には関係のない事サ。心配ないって。終わったらちゃんと家に帰れるから」
安心させるために言っているのかもしれないが、愛には全然安心なんてできるはずもない。何せ相手はさっきまで死闘を繰り広げた吸血鬼なのだ。
おまけに、十華たちの格好も格好である。ドレス、チャイナドレスもだが、中にはアメスクだったり、水着だったり、明らかに不純な衣装をまとわされている女子高生もいた。
それを着せたのが吸血鬼とか関係なくオッサンという時点で、怪しさ、いかがわしさは全開である。
「ここは、どこなの?」
「街からは結構離れてるから、助けは来ないヨ? エクソシストどもも、ダミーの首に引っかかってくれたみたいだしネ」
「クロムさんたちも?」
「そういう事だから。誰もここの場所を特定できないんじゃないかネ?」
ふふん、と笑いながら、トゥルブラは「よっこいせ」と立ち上がった。そして、縛りつけられて地面に転がっている愛へ、その端麗な顔を近づける。
「さてと……そろそろ、吸いきれた頃かナ?」
「え?」
「そのロープだよ。動きを封じるためだけに縛っただけとは、思ってないだろう?」
そう言えばそうだ。さっき霊力を吸われた時もそうだが、そもそも身体に力自体が入らない。霊力を込めた時だけじゃない。常に、霊力を吸われているのだ。
「日本には随分久しぶりに来たけど……なんというか、まあ、便利になったもんだネ。ちょっと探したら、すぐに見つかったヨ、こーゆーの」
ぶつぶつ言いながら、トゥルブラはごそごそと、自分の足元に置いていた袋をあさり出す。黄色い袋は、愛もよく知っている大手雑貨店のものだ。ペンギンのキャラクターのデザインが、袋には描かれていた。
そして、そこから取り出したのは。
「結構高かったんだよ、これ。5千円くらいしたんだ」
「……っ!」
愛は見せられた衣装に、ごくりと唾をのんだ。それは、修道女のコスプレ衣装である。吸血鬼なりのジョークのつもりなのだろうか。身じろぎするが、霊力を吸われているせいか、身体が上手く動かせない。
「……じゃあ、君も着替えてくれるネ?」
トゥルブラの瞳が、怪しく光る。愛の意識は、だんだんと薄れていき――――――。
――――――それと同時、廃屋の壁が粉みじんに砕け散った。
「――――――!」
煙を巻き上げながら現れる姿に、トゥルブラは眉を顰める。エクソシストが、自分の居所を突き止めたのかと思ったのだ。
だが、立っているのはエクソシストではない男だった。
「……君は、どこかで……」
そう言った途端、トゥルブラの頭を拳が突き抜ける。
ノータイムで殴りつけた男。その姿を、愛はぼんやりとしか認識できない。はっきりしない輪郭だが、とげとげした、赤い髪が見える。
「……蓮、さん……?」
愛の意識は、そこで完全に途切れてしまった。
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