13-ⅩⅩⅩ ~攫われた少女たち~

 油断してなかったと言ったら、さすがに嘘になる。

 苛烈な空中戦を終えた後だし、何より空中で身体が霧散したのを、安里も遅ればせながら確認していた。


 だからこそ、「なんでこんなところに腕が?」と気にはなったものの、さほど重要でないと思っていた。


 なので、腕からいきなり吸血鬼の身体が生えてきたのを見た時、安里すらも面食らってしまったのだ。

 同化侵食生命体である安里が面食らうのだから、他の面々が驚かないわけがない。


「――――――えっ!?」


 蓮と通話していた十華の背後にトゥルブラが現れた時には、間合いは完全に詰められてしまっていた。


「……しまった!」


 この中で、一番早く対応できたのは、感情というものがないボーグマンである。

 一直線にトゥルブラへ接近すると、ストレートのパンチを繰り出した。


「……おっと!」


 ボーグマンの鉄の拳は、トゥルブラの身体を貫通する。しかし、トゥルブラには全く効いた様子はない。身体を霧に変化させてしまっていたからだ。


「……うーん。この安心感。やっぱり、単純な物理攻撃っていうのは安心できるネ」


 そう言いながら、トゥルブラはこぶしを握った。そして、腕が突き刺さった状態のボーグマンの顔面を掴む。


 100%機械のボーグマンの鋼鉄の頭部は、ミシミシと音を立てて、やがて砕け散った。ガシャン! と大きな音を立てると、頭が砕けたボーグマンは仰向けに倒れ伏す。


「……なっ!」

「一体、どこから……」


 驚く女子高生2人を見やりながら、トゥルブラはにこりと笑う。


「フーム……。また追いかけられて、あんな霊流銃モノで狙われるのも嫌だからネ」


 マントを大きく広げると、吸血鬼は霧の塊となった。そして、地面に膝をついている女子高生2人を、一瞬で包み込む。


「「きゃあああああああああ!?」」


 2人の悲鳴が重なったかと思えば、次の瞬間には、愛と十華、そしてトゥルブラの姿は跡形もなく消えていた。


 残ったのは、呆然としている安里と、頭を砕かれて倒れているボーグマンだけであった。


******


「――――――と、いうわけです」


 蓮、エイミーと合流した安里は、事の顛末を簡潔に説明していた。場所は、すっかり無人になってしまった喫茶店である。先ほどの空中戦で、店員も客も避難した後だ。


「……お前が着いていたのに、何やってるんだよ!」

「申し訳ない、ホントに」


 激昂するエイミーに安里は謝罪するが、頭を下げながらではなく、頭を直しながらだった。直しているのは、先ほどトゥルブラに砕かれてしまったボーグマンの頭部である。足りないパーツは自分の身体を変化させて、ツギハギ修理中だ。


「いやはや、まさかこんなことになるとは。愛さんもまとめて攫ったのは、おそらく彼女の霊力を警戒しているという事でしょうね」


「……そんなことは、どーでもいい」


 喫茶店の棚から勝手に出したお茶を飲みながら、蓮はぼそりと呟いた。


「その吸血鬼ってのは、どこにいる。お前ならわかるだろ」

「わかりますけど……すぐって訳には」

「すぐにやれ」


 蓮はあくまでも静かに言う。だが、怒り狂っていることは明白だった。彼の持つティーカップが、何もしていないのにヒビが入っている。


「……了解です」


 安里はにこりと笑うと、あっという間にボーグマンの頭を直した。エイミーは互いの顔を見やりながら、安里にアイコンタクトをした。


(……なあ、これって……)

(ええ。マジで怒ってる奴です)


 以前、異次元からの刺客が蓮を殺そうと襲い掛かって来た事件があった。あの時、蓮が知り合ったキューという女性が巻き込まれて重傷を負った時も、蓮は似たような状態になったことがある。怒りのあまり、普段の睨むような目つきが無表情へと変わるのだ。その代わりに、冷酷に、敵となるものを破壊し尽くしてしまう。


 キューからのまた聞きだったが、その時蓮が刺客の本拠地に赴いた際には、一切の容赦なく敵を粉々に粉砕したそうだ。総数60万体もの戦闘兵器たちを、あっという間にバラバラに破壊してしまったというのは、さすがにドン引きである。


(……なので、下手に軽口叩くと爆発するかもしれないので、気をつけましょうね)

(……わかった)


 エイミー自身も、紅羽蓮の強さというのは嫌というほどわかっている。何せ、自分の中で最強に等しい存在だった、彼女の母親相手に完全に優位に立っていた。しかも、それより格上の怪人、雷霆カーネルですら蓮には相手にもならない。雷霆カーネルは、一つの国家を揺るがすほどの力を秘めているにも関わらず、だ。


 そんな奴が、今かつてないほどにキレている。それがどれだけヤバい事態であるかは、彼女にだってわかった。


 しばしの間沈黙が続く。蓮は閉目してお茶を飲み、安里は直したボーグマンの頭をいじっている。エイミーは余計なことを言わないように沈黙していたが、それはそれできつかった。


「わかりました」

「ホントか!?」

「ボーグマンの破片が、彼のマントの中に入ってたんですよ。それを発信機代わりにすれば――――――」

「どこだ?」

「徒歩市郊外の山奥のようですね。ここから結構遠くですが……」

「……場所教えろ」

「スマホに位置情報を送っておきました」


 安里がそう言うと、蓮はすくっと立ち上がる。ちらりとスマホで位置情報を確認すると、横の壁をぶち壊して出て行ってしまった。


「うわっ!」

「……ドアから出たって大して変わらないでしょうに」


 破壊された壁から巻き上がる土煙にむせながら、エイミーも安里も呆れてしまう。


「そもそも、ボーグマンの破片から空間移動することだってできたのに」


 そんなことを考えている余裕もなかったんだろう。恐らく蓮は怒りのあまり、正常な判断ができないようになっている。


 気が付いた時にはもう、蓮の姿は見えなくなっていた。

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