13-ⅩⅩⅦ ~着地の舞台裏~

「もしもし。おじさん? どうしたの?」

『緊急事態です。今すぐ、ボーグマンをこちらに寄越してください』

「ええ!?」


 お友達の家でクリスマスパーティーを楽しんでいた安里夢依にとって、その言葉は寝耳に水であった。


「無理だよ。今、ボーグマン、みんなの分のピザ焼いてるんだよ?」

『すみませんが、それはご家庭のトースターでお願いしてください』

「……もう、わかったよ」


 スマホの通話を切ると、夢依はぱたぱたと友達のいるリビングへと戻っていく。


 そこでは、女の子のようにおめかししたボーグマンが、腹部分に搭載されたトースターでピザを焼いていた。リビングにはチーズの焼ける、香ばしい匂いが漂っていた。


「ごめーん、おじさんから、ボーグマンを返してくれって言われちゃった」

「ええ? そんな! もうちょっとでピザ焼けるのに!」

「ホント、ごめん!」


 残念そうに言う友達に、夢依は頭を下げるほかなかった。


 元々、今回のクリスマスパーティーに夢依が呼ばれたのは、このボーグマンがきっかけである。小学校のお迎えにボーグマンが来た時、突如現れたロボは子供たちの心を掴んだ。


「すっげー! 安里さんち、ロボがいるんだ!?」

「うん。ボーグマンっていうの。おじさんが作ったんだって」

「そうなんだ。何かできるの?」

「うん。ボーグマン、天気予報見せて」


 夢依の言葉で、ボーグマンの胸部分はモニターに変形し、下校時間に放送されている天気予報のニュースを流す。子供たちは一斉に、ボーグマンに群がった。


「すげえ、すげえ! アレ●サみてえ!」

「ねえねえ、他には何ができるの?」

「え? 洗濯したり、料理したり、後は……掃除?」

「完全に家電じゃん!」


 そんな風に一躍小学生の心を掴んだボーグマンは、此度のクリスマスパーティーに呼ばれることとなったのだ。そして、家電としての機能をフルに活用していた。クリスマスっぽいBGMを流したり、(安里が仕込んだ)クリスマスプレゼントのお菓子を渡したり……。女の子の人形と並んで、お化粧をしたり。喋らないからと、やりたい放題である。


 そして、現在はピザ窯としての機能をいかんなく振るっていたのだが、そうも言ってられなくなってしまった。


「ボーグマン、また来いよ!」

「今度はアヒージョ作ろうね!」


 子供たちと涙のお別れを済ませると、夢依の方を向いた。「わかってるって」と、夢依はUSBを取り出す。それをボーグマンの首の後ろ、脊髄部分にセットした。


「ボーグマン――――――ジェット・エディション!」


 差し込まれた端子より流れる情報により、ボーグマンの姿は飛行形態へと変化する。それを見ていた子供たちは、目を輝かせていた。


 変形を終えたボーグマンは、ぺこりと頭を下げて空の彼方へと飛んでいく。


「……行っちゃった」

「お前のおじさん、凄いな。あんなロボ作るなんて」

「まあね? さ、戻ってピザ食べよ」


 ボーグマンの中で焼いていたピザは、もちろんお母さんに託した後での出発であった。


******


 ボーグマンに掴まれて、愛と十華はようやく、地上に降りることができた。随分と久しぶりの土の感触に、愛は安心したのか、腰が抜けてしまう。


「……はああああああ~~~~~~……」

「いやあ、アクロバティックでしたね。途中から見てましたけど」

「見てたんなら助けてくださいよ!?」

「あんな空中戦、僕の入る余地ないでしょう」


 安里はへらへらと笑いながら、十華を診ていた。意識を失っていたとはいえ、ずっと上空にいたのだ。低体温症などになってもおかしくない。が、幸いにも、気を失っているだけであった。


「……あれ、蓮さんは?」

「まだ来てませんよ。地下数百メートルにいますからね、さすがに来るの大変なんでしょ」

「そうなんだ……いや、まあ、いいんですけど……」

「どうせなら蓮さんに助けてもらった方が良かったですかね?」

「そ、そんなことないですって! 安里さんにも感謝してますよ!」


 わたわたと慌てだす愛に安里は笑いながら、スマホを手に取る。蓮も心配しているだろうし、さっさと無事であることを連絡しなければ――――――。


「――――――愛ちゃん! 大丈夫ッスか!?」

「あ、絵里ちゃん……」


 へたり込んでいる愛に、駆け寄って来た巴田絵里が抱き着く。力が入らない愛はそのまま押し倒されて、後頭部を思いっきり地面にぶつけた。


「いだっ!!」

「あ、ごめんッス! ……そう言えば、エイミーさんは?」

「あ、そうだ。どうしたんだろう?」


 彼女は逆鱗を引っ張ったことで、我を忘れているはずだ。どこかで暴れたりしてなければいいのだが……。


「――――――くしゅんっ! ……え? ここ、どこ……?」

「あ! 十華ちゃん! 気が付いた、良かった……」


 愛のエイミーへの心配は、目を覚ました十華によって上書きされてしまった。彼女も制服姿でずっと冬の寒空の下にいたせいか、くしゃみをして身体を震えさせている。


「……私、確か……通訳の方に、『トイレはどこですか?』って聞かれて、案内しようとして――――――」

「なるほど、そこから記憶がないわけですか」

「うわぁ!? 安里さん!? なんで?」


 祖父の屋敷から、町の一角に急に移動していたとなれば、そりゃ驚きもするだろう。それに、周囲にいるのは愛や絵里だけでなく、パーティーに呼んだ覚えのない安里たちだ。ただ事でない……というのは、十華もすぐに理解できる。


「……何が、あったの?」

「色々話をすると、めちゃめちゃ長くなりますね。文字数に換算すると、20000字弱ってとこですか」

「結構長いわね!?」

「う、うう……十華ちゃん……!」


 まだ腰が抜けていた愛は、ずるずると地を這って十華に近づいた。そして、その身体にしがみつく。


「良かったぁ……! 無事で、良かったよぉ……!」

「わぁ! 何よもう!? 心配かけたのはわかるけど、全然身に覚えないんだから! 怖いわよ!?」

「うう、うう……!」


 愛は安堵の涙を流しながら、十華のスカートに顔をこすりつける。涙と鼻水まみれになる自分のスカートを見て、十華は「ぎゃああああっ!」と叫びながらハンカチを取り出した。


「うーん、この落差ですよ。……さて」


 そんな光景を見やりながら、安里は今度こそ電話をしようとスマホを取り出した。そして、今度は特に邪魔が入ることもなく蓮に通話をかけるのだが――――――。


「……あれ? 出ないな」


 急いでて気づいていないのか、蓮はなかなか通話に出ない。数度コールをかけても出ないので、折り返しを待つことにして通話を切った。


「はいはい、じゃあみなさん、移動しましょうか――――――」


 安里がそう言って、愛たちの方に向き直る。


 その時、安里は見た。


「――――――おや?」


 誰のものともわからない人間の腕が、愛の近くに落ちているのを。

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