13-ⅩⅩⅥ ~自由落下からの脱出~

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――ッ!!」


 エイミーの目論見通り、激痛により金縛りは解けた。さすがは逆鱗、効果てきめんである。……いや、てきめん過ぎた。



「わああああああああああっ!」


 一瞬、痛みに大きく揺れるエイミーに愛は振り回される。が、黙って振り落とされるわけにもいかない。何とか食らいつくようにしがみつき、必死に念話を送った。


(……エイミーさん! エイミーさん!?)


 念話を送る愛の頭に流れ込んできたのは、ただただ純粋な怒りの感情だった。そこに、他の感情は一切混じりっけはない。すぐに正気に戻すのは不可能だ。


(ダメだ、全然……!)


 そう思ったが――――――愛は、ふと思いつく。この状態のエイミーは、要するに「何も考えていない」状態だ。


(……だったら、一か八か……!)


 しがみつきながら、愛は彼女の頭に額をくっつける。そして、霊力を額に集めた。彼女の怒りを鎮めることはできないが、怒りの矛先を向けるくらいなら――――――!


 そうして逆鱗を引っ張られたエイミーの怒りは、はるか上空にいる吸血鬼、トゥルブラに向けられる。


「――――――グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 憤怒に包まれたドラゴンは、標的めがけて一直線に飛んでいった。


******


 人質に対する、一切のためらいのない、矢のような突撃は、完全に予想外だった。

 おまけに、ドラゴンの頭には霊力がこもっていた。結果、霧による物理攻撃の無効化もできず、衝撃を和らげることができなかった。


「……がふっ!」


 さすがに鳩尾に思いっきり有効な頭突きを食らって、真祖の吸血鬼だって無事では済まない。呼吸ができず、身体は硬直する。そして、飛行を維持できずに、下から突き上げられるままに吹き飛ばされた。


 そして、こんな状態で、少女を抱え続けることなどできるはずもない。

 トゥルブラの腕から、十華が零れ落ちた。


「―――――――十華ちゃんっ!」


 愛は咄嗟に、エイミーから飛び降りた。


「……ンナッ!?」


 その光景に、トゥルブラはぎょっとする。ここは町の上空。一体どうするつもりなのか。


「……このっ!」


 何とかしようと、必死に身体を動かし、腕を伸ばすトゥルブラだったが――――――。


 トゥルブラの腕と首を、銀の弾丸が貫き、切り裂く。


「がっ……!!」


 ぎろりと、弾丸の弾道の先を見遣れば、そこには先ほどのエクソシストがいる。崩れた建物の側から、こちらを狙っているのが見えた。


「き、さま……!! 少女の命を、棄てる気カ!?」


 決して届かない距離で言葉を吐きながら、トゥルブラの3つに分かれた身体も、街に落ちていく。


 ――――――やがて1番大きな身体部分は、霧散した。


******


「……命中しましたね」

「いや、落ち着いている場合でないでしょう!? 愛ちゃんたちが、落ち……」

「わかってます」


 クロムは霊力で、2発の弾丸を操作する。かなり無理して連射をしたので、正直今すぐにでもぶっ倒れそうなのだが、そう言うわけにもいかなかった。


「――――――ミズ・アイニにも連絡を。まあ、見ているとは思いますが」

「クロム特級師はどうするのですか!?」

「……やるだけやりますよ。まあ、おそらく大丈夫でしょうが」


 クロムは空の彼方から光る、赤い光を見やりながら呟いた。


******


 落ちる、落ちる、落ちる。何度かこんな経験しているが、今回ばかりはさすがにやばいと感じている。


「……っ!!」


 本当にやばいときは、声が出なくなるものなのか……。いや、違う。今までもこんな場面はあり、その都度泣き叫んでいたが、それはすべて、他の人が何とかしてくれると信じられたからだ。

 文化祭の時は霧崎夜道、そしてさっきはエイミー・クレセンタ。いずれも、落下する自分を助けてくれた。


 でも、今は違う。気を失っている十華を、今度は自分が助けなければ――――――!

 愛は決意を固めると、霊力を身にまとい始めた。

 確か夜道は、こんな感じで落下の勢いを殺していたような――――――。


(――――――霊力による姿勢制御は、ぶっつけ本番でできるようなものではありませんよ)


 不意に、脳裏に声がする。聞き覚えのあるこの声は――――――。


(……クロムさん?)

(今、弾丸を通してあなたに念話を送っています。私がやり方を教えるので、その通りに)

(は、はいっ)


 愛の耳元に、何所からやって来たのか、銀色の銃弾があった。愛と一緒に落下するその銃弾から、クロムの念話が届く。

 クロムの指導の元、愛は徐々に身体をまっすぐ、地に足を向け始めた。


(足が向きましたね。では、今から足の下に銃弾を配置します。これでいくらか落下の勢い殺せるはずです)

 

 たったまま霊力を逆噴射する愛と、同じく上へと向かうクロムの銃弾。足場ができたことで、愛と彼女が抱きしめている十華の身体の落下速度は、みるみる落ちていく。


(……おお……! 凄い……)


 思わず愛が呟いたのは、クリスマスの夜の街のネオンの風景だった。人はないないが、明かりは余すとこなく残り、街は照らされている。それを上空から見下ろす愛は、なんだか街そのものが自分のもののような、不思議な気分にさえなりそうだった。


(それで、クロムさん。この後、どうすれば……?)

(それなんですが……すみません。こちらは、そろそろ、限界……です……)

(へっ!?)


 気付けば、愛が足で踏んでいる銃弾の霊力が、だんだんと弱まって来ていた。

 それもそのはず。クロムの霊流弾丸は、クロムが込めた分の霊力分しか操作できない。おまけに、愛は知らないが連射したり念話も乗せたりと、通常の追尾機能よりもはるかにレ利欲を消費している。心なしか、また地面が近づく速度が上がっているような――――――。


(どどどどどどどどど、どうしたらいいですか!?)

(――――――お迎えを、信じてください)

(お迎え……? え、どういう……)


 そこで、クロムとの会話は、完全に途切れた。そして、ふたたび自由落下が始まる。


「――――――ぎゃあああああああああああああああああ―――――――――――っ!!」



 さすがに今度は叫んでしまった――――――。クロムの助けが入ったことで、気が少し緩んでいたのか。「ほっとした」と言った方がいいのか。

 とにかくそんな状態からまた、地面に向かって落っこちていく――――――。


 と、思ったのだが。


「きゃああああああ――――――……ぐえっ」


 愛の着ている制服の襟が、何かに掴まれた。同時に、落っこちそうになっていた身体が、がくんと揺れる。そして、落下は完全に止まった。


 いったい何が起こったのか。愛はそっと上を見やった。

 そこには。


「――――――安里さん!」

「どーもどーも。お助けに来ましたよ」


 愛を掴んでいるボーグマンの背中に乗っている、安里修一であった。

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