13-ⅩⅩⅤ ~エイミー・クレセンタの逆鱗~
「……っ! クロム特級師! 愛ちゃんたち、落ちていきます!」
「恐らく「石化」ですね……。ミズ・アイニに救援を! こちらも退避しますよ」
「え!?」
「膠着が解けたということは、此方を気にする余裕もあるでしょう! ――――――真祖の攻撃が来ます!」
「え、ええええええ!?」
ビルの屋上で様子を観察していたラブとクロムは、即座にビルの屋上から退避する。
真祖の攻撃というのは、すぐに訪れた。
まるでマシンガンの様に、何かが上空からビルの屋上へと降り注いできたのだ。轟音と共に、撃ち込まれた「何か」はビルを穴だらけにしていく。屋上から退避していなければ、自分たちがハチの巣になるところだった。
「うわああああああああああ!? 何ですかあれ!?」
「……おそらく、血液を凝固したものを放っている。仕組みは霊流銃と同じでしょう」
霊流銃と異なるのは、攻撃に「溜め」が要らないことだ。即席の技なのか前々から使っているのかはわからないが、幾人ものエクソシストを倒しているだけのことはある――――――。
ビルに穴が空く音はすぐに収まったが、今度はビルそのものがめきめきと音を立て始めた。このビルの支柱がやられてしまったらしい。
「脱出しますよ、ラブ牧師」
「……うわ――――――――――っ!!」
あっという間に、ラブとクロムがいたビルは倒壊した。
******
「んなっ……!? ラブ! クロム特級師!?」
ビルが倒壊する様を見やっていたアイニは驚愕するしかなかった。いや、アイニだけでなく、他の人々も、ビルの倒壊には気づいて騒ぎになっている。
「な、何!? どうしたの!?」
「ビルが崩れてる!」
「嘘でしょ!? 事故!?」
そんな騒ぎになっている中、アイニは無線に呼びかけていた。
「ラブ! クロム特級師! 応答して!」
『……そんなに必死にならなくても、こっちは大丈夫ですよ』
「クロム特級師! ご無事で!?」
『早急に脱出しましたから。あなたは、私達より、ミズ・タチバナを!』
クロムの言葉に、アイニははっと空を見やった。ビルの倒壊で誰も気づいていないが、上空から愛と、愛が乗るエイミーが落下してきている。あれを何とかしなければならない。
「……あれ?」
落下する愛たちの元に向かうアイニだったが、その様子が急に変わった。
落下が止まったかと思えば――――――矢のように、急上昇していったのである。
******
「嫌あああああああ――――――――っ!?」
急降下していくエイミーの背中に必死でしがみつきながら、愛は絶叫していた。トゥルブラの金縛りによって飛べなくなってしまったエイミーは、どんどん加速しながら落ちていく。このまま地面にぶつかったら、ザクロより酷いことになること請け合いだ。
一応トゥルブラの金縛りは数秒で解除される程度の強さだったが、そんな事、現在進行形で落下している彼女たちには知る由もない。
(……か、身体が動かない!!)
(ど、どうするの!? このままじゃ……!)
どうやら脳は動いているようだったので、互いに念話で会話をしている。念話は一瞬で相手に自分の意図を伝えることができるので、通常の会話よりも数倍のスピードで会話が交わされていた。
(あの吸血鬼め、こんな能力まで持ってたのか……!)
(言ってる場合じゃないよ! このまま私達ネギトロより酷いことになっちゃう……!)
(いや、多分私は大丈夫だ。ドラゴンは頑丈だからな)
(私は大丈夫じゃないよ!)
(わかってるよ! ……ええいくそ、こうなったら、ものすごく嫌だけど……愛! 私の、私の――――――逆鱗を、引っ張れ!)
逆鱗とは、東洋の故事成語である。龍の下あごには1つだけ、他の鱗とは逆さに生えているものがあり、それを引っ張られた龍は怒り狂って暴れまわったという。この逸話から、怒らせることを「逆鱗に触れる」なんて言い方をするわけだが。
(エイミーさん、逆鱗なんて、あるの……?)
(ああ、あるんだよ。変身してるとな。それで、試しにそこをシグレに引っ張らせたら、めちゃくちゃ痛くて……)
痛みの余り、暴れてしまったらしい。シグレも危うくケガをしかけたのだそうで、「自分でやれって言ったくせに……」と3日ほど口を聞いてくれなかった。
(何やってんの、ホントに……)
(ニキビ的な何かだと思ったんだよ! 大体地球の言葉なんて、クレセンタ人の私には難しいっての!)
ともかく、そんな我を忘れるほどの痛みをもたらす、逆鱗を刺激すれば、こんな金縛りも解けるかもしれない。それが、エイミーの意見だった。
(……ねえ、それ、ホントに大丈夫? 私、振り落とされたりしない?)
(このままミンチになるよりは、可能性があるだろ! なるべく暴れないようにするから!)
(ホントかなぁ……)
ともかく、他に方法も思いつかない。一瞬で念話を終えた愛は、落下するエイミーの下あごに手を伸ばす。下あごを触っていると、ちくりとした感触があった。ここが逆鱗で間違いない。愛は逆鱗に指をかける。
(……じゃあ、行くよ? 歯、食いしばってね!?)
(体が動かないから、それすらもできないんだけどな……)
(ええ? ……もう! じゃあ、心の準備しといてよ!?)
3、2、1……心の中で数える。そして。
愛は割と強めに、エイミーの逆鱗を後ろに引っ張る。
落下しながら動かなくなっていたエイミーの目が、くわっと見開かれた。
『――――――うっぎゃああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――――――――――――――――――――っ!!!』
すさまじい絶叫――――――ドラゴンの姿なので咆哮が、徒歩市の上空に響く。それは、地上の人々も耳を塞がずにはいられなかった。
「うわあああああああ!? 今度はなんだ!?」
「何!? まさか……テロ!?」
謎の光、建物の倒壊、そして絶叫。人々は、とうとう耐えれらなくなった。
「……逃げろ―――――――――――――――っ!!」
町を歩いていたカップルたちは、一斉に逃げ出し始める。さながらパニックだ。そのうちの誰も、事の実態を把握しているわけではないのだが。
そして、咆哮に驚いたのは、地上にいた人だけではない。
「……っ!! なっ……!?」
空高くにいた吸血鬼トゥルブラも、エイミーの叫びをもろに浴びていた。むしろこっちの方が距離が近く、聴力の優れる吸血鬼には厳しいものがある。
さらに言えば、エイミーの叫びはドラゴンの咆哮。その音波は、もはや衝撃波に近かった。空の上で特に遮蔽物もなかったので、トゥルブラはそれをもろに食らってしまった。いくら物理攻撃が無効化できるとはいえ、衝撃を受けた体は多少ぐらついてしまう。
「……なんて雄たけびだ……!」
声が出せるということは金縛りが解けたことは間違いないだろうが、にしてもそんなに叫ぶか……?
雄たけびを受けたことによるスタンと、わずかな思考の流動。真祖たる吸血鬼には敵が少なく、慢心が多いことも災いし、再びトゥルブラは隙を作っていた。
そして、その瞬間には、
「――――――ごふっ!?」
超高速で上昇してきたエイミーの頭が、トゥルブラの鳩尾に深々とめり込んでいた。
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