13-ⅩⅩⅣ ~トゥルー・ブラッドの瞳~

「……Oh。久しぶりだネ、この感覚も」


 銃弾が貫通し、プラプラと揺れる右腕を見やりながら、トゥルブラはニヤリと笑う。こんな痛痒つうようを感じたのは、何百年ぶりか。高名なヴァンパイア・ハンターたちとの戦いの記憶が、彼の脳裏に蘇る。


(……それにしても、ホントにまずいネ。このままじゃ、朝まで釘付けにされちゃうかもしれない)


 吸血鬼と言えば、苦手なものは太陽の光。それは、このトゥルブラも同じことである。朝までこうしているわけにはいかなかった。

 それに、女の子を抱えている状態で、この高度を保っているのも危険だ。上空は酸素が薄いし、気温も低い。そして今、季節は冬。人間が長時間生命活動を続けられるものでもない。


 ちらりと、自分を狙撃してきたであろうエクソシストを見やる。あの程度の弾丸なら、正直致命傷にはならないし、問題はない。あの純銀の弾丸、おそらく致命傷になるのは自分の、最も出来の悪い息子くらいだ。


(……そう、エクソシストは問題ないんだ。問題は……)


 高度を再び上げてきた、ドラゴンに乗った少女。ドラゴンも勿論脅威なのだが、それ以上に少女の方の霊力が凄まじい。

 霊力というのは、この世界に生きるすべての生命に通ずる能力だ。効きやすい、効きにくいの体質差はあれど、自分のような精霊にも、その攻撃は通ずる。


 そして、彼女が威嚇で放った攻撃――――――アレは、致死量だった。


(目の前に自分を殺せる存在がいれば、それはビビるよねェ)


 800年間生き続け、不老不死に近い肉体を持つトゥルブラだが、実際のところ不死ではない。死ぬときは死ぬ。

 その方法は、自分を跡形もなく消し飛ばす事。コミックの敵などで良くある設定だが、初めて見た時は「わかってるねぇ、この作者」と感心したほどだ。


(……つまり、彼女さえ何とかすれば、私は逃げられる)


 頭の中で整理をつけると、トゥルブラは自分を睨む少女たちに向き直る。そして、にやりと笑った。


「いやあ、凄いじゃないカ。あんな攻撃食らったら、ひとたまりもないヨ」

「……十華ちゃんを、返して」

「あまりにもアプローチがすごいから、最初はそれも考えたけどネ? ちょっと、命が惜しくなっちゃったナ」


 左腕に抱えた十華の身体を、彼はぐい、と持ち上げる。ドラゴンと少女は、気を失う彼女を見て、ピクリと身体が強張るのがわかった。


「……人質にする気?」

「動かないで、そのままゆっくり降りてもらうヨ? 心配いらない。こっちも降りるからネ」


 いつの間にか再生した右手を、十華の下あごに当てる。そうして、両者はゆっくりと降下し始めた。

 だが、トゥルブラは警戒を解くことはない。エクソシストの霊流銃は、撃とうと思えばノータイムで撃てる代物だ。なにせ、指鉄砲の構えを取り、霊力をぶっ放せばいい。少女の霊力であれば、この状況で自分を消し飛ばすことは可能だろう。それをさせないための人質。両者は、膠着していた。


(……崩してくるとしたら、彼らだろうしね)


 先程のようにエクソシストが、攻撃してくるかもしれない。そっちも警戒しないといけないのは、骨が折れた。まあ、仮にエクソシストの攻撃を受けても、すぐに再生するのだが。


 ――――――しかし、少女から目を切るのは避けたい。


(どう切り抜けたものか……紳士ジェントルマンとして、女の子に暴力を振るうわけにもいかないし……)


 ならば、こうするしかないか。多少、怖がらせることにはなってしまうけど。


「……ところで、エクソシストなら知っているかナ? 私は、いわゆる吸血鬼ヴァンパイアという奴なんだけど」

「……さっき、知り合いのエクソシストさんから聞きました」

「そうかネそうかネ。それじゃあ――――――吸血鬼は、どんな能力ちからを持っていると思う?」

「……能力ちから?」


 少女はその言葉に警戒したのか、指鉄砲の構えを取る。

 ――――――が。ノータイムノーモーションで攻撃できるのは、何もそっちだけじゃない。


「……やっぱり、吸血、とか……?」

「んー、まあ、そりゃそうなんだけどネ? それ以外にもたくさんあるんだヨ。変身したり、超能力で物を動かしたり。自分の身体をコントロールすることについては、人間よりも優れている自信があるネ」


そして、トゥルブラの瞳が、怪しく光った。


「後は――――――『石化』も、実は吸血鬼の能力だったりするんだヨ?」

「……っ!?」


 少女が気づいた時には、もう遅い。彼女が構える間に、こちらは「視る」だけでいいのだから。


 そして、標的は少女ではない。ここは空中、冷静に考えればわかることだった。


『……っ! 身体が……! 動かない!?』

「――――――エイミーさんっ!?」


 さえ何とかしてしまえば、彼女に自分を追う手立てはない。


「きゃあああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 少女を乗せたドラゴンの動きがピタリと止まり、そのまま地面に向かって落ちていった。ドラゴンにしがみついたまま一緒に落ちていく少女を見て、トゥルブラはほっと胸を撫でおろす。


「ちょっと大人げないかもだが――――――ま、命優先ってことで」


 それに、そんなに強い「石化」にはしていない。あと3秒ほど落ちたら、自然と解けるだろう。あんなのは「石化」ではなく、ただの「金縛り」だ。


 そして、3秒もあれば充分である。少女からの逃走もそうだが、まずは――――――。


「右腕のお礼をしてあげないとネ? 坊や」


 上昇しながら指鉄砲の構えを取り、トゥルブラはニヤリと笑った。

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