13-ⅩⅩ ~炸裂! 霊流銃~

 Dr.モガミガワの研究所は地下深くにある。そんなところにいるモテない男どもがクリスマスイブを認識できるのは、カレンダーと時計の針でだけ。そして、研究所はフル稼働で回っており、そんなことを気にする余裕もなかった。

 大量のロボットたちが動き回る中、一人せっせかと走りまわる蓮も、今日がクリスマスイブだということを忘れかけていた。大量の仕事に忙殺されて、しかもこのまま今日中には終わらなさそうなのである。


 そんな折、研究所全域に通話通知のベルの音が鳴り響いた。研究所には電波が届かず、通常の電話では通信ができない。なので、研究所の電話にアクセスできるのは限られたものだけだ。

 そして安里修一ことアザト・クローツェは、当然モガミガワとの直接アクセス権を持っていた。研究所中のディスプレイに、ダブルピースしている仮面の男の姿が映る。誤解のないように言っておくと、彼のアイコンだ。


「……なんだ」

『もしもし? お疲れ様です』

「こっちは忙しいんだ。手短にしろ」

『わかりました。蓮さんも聞いてるんですよね?』


 安里は通話の向こうでオホン、と咳払いをすると、本当に手短に告げた。


『――――――愛さんが吸血鬼を追いかけて夜空に飛び出しました』

「……は?」


 蓮は手に持っていた大きな精密機械を、思いっきり落っことした。


******


「待ちなさ―――――――いっ!」


 クリスマスイブの夜空を、2つの影が飛んでいた。一つは、ドラゴンとそれに乗った少女、立花愛。

 そしてもう一つは。


「――――――イヤイヤ、ヨーロッパでも、こんな光景そうそうなかったヨ……?」


 軽口を叩きながらドラゴンの追跡を受ける、漆黒の影。800年生き続ける、伝承の吸血鬼ヴァンパイアトゥルブラ。漆黒のマントがさながら蝙蝠の翼のようになり、華麗に空を飛んでいる。彼の小脇には、愛たちの友人である平等院十華が、気を失った状態で抱えられていた。


(しかし、まさか追いかけてくるとは)


 所詮女子高生と思っていたのに、ドラゴンに追いかけられるとは。とんでもないことになってしまったと、トゥルブラは整った顔で苦笑いする。

 そもそも狙いの平等院十華女子高生を誘拐するのに、こんな苦労をするなど誰が予想できようか。このあたりで一番のお嬢様で格式高い女子高生だから、という理由で彼女に接触したのだが……。


(――――――まあ、これくらいアクシデントがあった方が、面白いよネ!)


 トゥルブラはポジティブに思考を切り替えると、身をひるがえしてさらに加速した。漆黒の服装なのも相まって、いよいよもって闇に姿が消えていく。


「あ、見えなくなる!」

『どうするんだ、愛!?』

「エイミーさん、ギリギリで飛べる!?」

『は!? いや、できるけど、なんで……』

「上からじゃの!! 町を巻き込んじゃう! お願い!」

『お、おう(撃つ……?)』


 愛の言葉にちょっと引っ掛かりながらも、エイミーは建物に当たるギリギリの高さを飛び始めた。トゥルブラは夜の街のネオンに照らされない高さを飛んでいたので、大きく下に下がったことになる。


(……この位置なら、撃てる! あくまで威嚇射撃、威嚇射撃……!)


 愛は十華には絶対に当てないことを決意しながら、指鉄砲の形を再びとる。右手の指鉄砲がぶれないように、左手で押さえて固定。かすかに見えるトゥルブラの面影を逃がさないように目で追いながら、右の指先に霊力を込めていった。


 愛の並々ならぬ霊力が指先に急速に充填されていく。収斂しゅうれんしていく霊力は、淡く白い光を放ち始めた。


『え、おい、愛! 何だそれ! それもヤトガミから教わったのか!?』

(……違うよ、エイミーさん)


 この技は、夜道から教わったものではない。かといって、愛独自の必殺技、という訳でもなかった――――――。


******


「いい!? 愛! あなたは凄い力を持っているんだから、それで身も守れるようにならないとだめよ!」

「はあ……」


 今からおおよそ7ヵ月ちょっと前。愛が安里探偵事務所に入りたての頃に、ある人物に会うために、徒歩市の聖教会を訪れていた。

 と言っても、愛は聖教徒な訳ではない。ただ、ここに所属しているシスターが彼女の知り合いであり、霊能力について教えてくれる、という事だったのでやって来たのである。


「愛、ちゃんと聞いてる!? あなたの霊力的に、とんでもない悪霊を呼び寄せる可能性が高いんだからね!?」

「そうなんですか……?」

「だから、本当に特別よ? この技が使えるのは、聖教徒でも限られたエリートばっかりなんだからね」


 甲斐甲斐しく愛に説くシスターは、アイニという名のエクソシストであった。愛がとある事件で悪魔とかかわったことがきっかけで霊力に目覚めたことを知っている女性であり、色々と世話を焼いてくれるのだ。もっとも、最近は霧崎夜道がいるからそんなに世話を焼くこともなくなったのだが。


 そんなわけで彼女が、悪霊に襲われたときに身を守れるよう、愛に教えてくれた技。


「その名は――――――『霊流銃レイルガン』」

「れーるがん……?」

「まあ、できる人自体はいっぱいいるけど、厳密にいえば武器になるレベルで使える人がいないってことなんだけどね」


 アイニはそう言いながら、指先に白い光を集中させる。ぽかんとしている愛をよそに、教会の庭に用意していた的に向かって、霊流銃を放った。


 音速以上の速さでとんだ霊力の弾丸は、的を木っ端みじんに吹き飛ばしてしまう。愛は「きゃあっ」と受ける風に身をよじらせた。


「……と、まあ。私程度の霊力でもこの威力だからね。あなたがこれを使いこなせば、きっと大悪魔も一撃で倒せるわ」

「そんなことしたくないんですけど……」

「まー、覚えておくに越したことないわよ。じゃ、練習しましょ」


 結局この時教わった霊流銃は、愛の霊力操作がへたくそだったのでまったくうまくいなかった。0か100かしかできないので、この日聖教会周辺では爆発音が響いたらしい。


******


 ――――――だが、今の愛は自分の霊力をある程度コントロールできる。霧崎夜道の修行により、愛には霊力操作の基礎がしっかり身についていた。


(……夜道さんは置いてきちゃったけど、今の私なら――――――できる!)


 愛の指先に集中していく光が、どんどんと強くなっていく。その光は、クリスマスイブのネオンにも負けないほどの輝きを放っていた。


『おい、愛! ホントに大丈夫なんだろうな!? 十華に当たらないよな!?』

「……当たらないように、絞る!」


 そうして。狙いを澄ました愛の霊流銃は。


「いっけええええええ―――――――っ!!」


 まばゆく輝く白い閃光となって、夜の空を明るく照らしていった。

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