13-ⅩⅨ ~トゥルブラと夜に舞う~
「……十華ちゃん? 何やってるんスかね?」
「こんな夜に、なんで外に――――――」
絵里とエイミーが首を傾げている間に、愛は階段を駆け下りていた。
(……なんだか、嫌な予感がする!)
駆け下りた先には、ちょうど外に出られる大きな窓がある。躊躇いもなく開けると、冷たい冬の風が、学生服の女子高生を襲った。
「……さむっ!」
愛は思わず身をよじらせた。――――――そう、身をよじらせるほどの寒さなのだ。なのに、通訳の男と十華は、そんな素振りが一切ない。愛にはそれが不気味でたまらなかった。
「――――――待って、十華ちゃん!」
「……オヤ? 君は――――――」
くるりと振り返った通訳の男。月に照らされて白く輝くその肌を見た愛は、デジャヴに近い感覚に陥る。こんな男を、記憶のどこかで見たような――――――。
「……貴方は……!!」
「……ああ、思い出したヨ。以前、街で会った女の子だネ?」
男は口髭を整えながら、にやりと笑う。
「今日はいい夜だ。あの怖いお兄さんがいなくて、安心したヨ」
(……やっぱり、夜道さんが見えてたんだ、この人……!)
愛はじっと身構えながら、男をじっと睨みつつ、距離を取る。視線を一切切らないのは、さすがに場数を踏んでいた。
「一体、何者なの……!」
「そうだねェ。色々呼び方はあるんだけど……最近は、トゥルブラという風に名乗っているかナ」
「トゥルブラ……?」
「夜を統べる者。真なる吸血鬼の祖。なーんて呼ばれてもいるけどネ」
トゥルブラはにこにこと笑みを浮かべながら、愛に近づこうとする。
「――――――十華ちゃんを放して!」
愛はきっとトゥルブラを睨みながら、右の人差し指を彼に向けた。さながら、指鉄砲の様に。
いきなり彼女が取った行動に、トゥルブラはにこりと笑った。
「……フフフ、お嬢ちゃん。いくらなんでもそれは――――――……?」
子供だまし。そう、トゥルブラが一言に伏そうとしたとき。彼の笑みは、ふと消えた。
トゥルブラは超自然的な生物。言ってしまえば、沖縄で愛たちがであったヤシ落としやキジムナーのような、精霊に近い。そのため、霊力というものを、彼は感じ取ることができる。
(……この凄まじい霊力は、彼女のものか――――――?)
みるみる膨れ上がり、指先に集中していく愛の霊力に、彼も当然身構えた。これは先日絡んできた目つきの悪い少年とは違い、確実に自分に効く部類の攻撃だ。
一方で愛も、指に霊力を込めながら緊張に身体が強張っていた。何せ、これを実際に試したことは、一度もないのだ。
(……ど、どうしよう! 勢いで構えちゃったけど、もし十華ちゃんに当たってケガしたりしたら……!)
そうして、互いに緊張感が張りつめそうになった時――――――。
「――――――愛っ!」
同じく外に飛び出してきたエイミーと絵里に、愛は一瞬視線が切れた。
(――――――今だ!)
トゥルブラはマントを開くと、巨大な蝙蝠の様に空を飛ぶ。十華を抱えて、夜空高くへと舞い上がってしまった。
「――――――あぁっ!」
「な、何だアイツ!? 十華は!?」
「あ、あのオジサンが、連れてっちゃった!」
「ええええええっ!?」
仰天の声を上げる絵里に反し、愛とエイミーは何かを決意したように、互いに頷き合う。そして、エイミーの身体がめきめきと変形し、飛竜の姿へと変貌した。
「……絵里ちゃんは残ってて。危ないから」
「な、何する気ッスか!? まさか……!!」
『ああ。私達は、アイツを追う』
竜へと変貌したエイミーの言葉に、絵里は言葉を失ってしまった。
「と、十華ちゃんが攫われたんスよね!? だったら、安里さんたちに連絡を入れた方が……」
「うん。絵里ちゃんはそれをお願い。私達は、アイツを見失わないように追いかけるよ。そうすれば、みんな後から合流できるでしょ?」
「で、でもエイミーさんはともかく! 愛ちゃんは、今日、あの刀だって持ってないじゃナイッスか!」
愛の友人である絵里は、当然愛とその周辺の人物のことも知っていた。愛が強い霊能力を持っていることも知っていたし、エイミーがドラゴンになることも知っている。
そして、「せっかくのパーティーにふさわしくないよね」と、夜刀神刀を家に置いてきてしまったことも、当然知っていた。
「それじゃあ、夜道さんの助けは借りられないじゃないスか! なおさら危険っスよ!」
「……うん。だから、私も深追いはしない。安里さんに連絡ができれば……蓮さんにも、連絡が行くはずだから!」
「……愛ちゃん……」
「絵里ちゃん、お願いね!」
愛はそう言い、エイミーの背中に飛び乗る。エイミーは咆哮を上げると、夜の空に飛びあがっていった。
しばらくぼうっとしていた絵里だったが、やがて「そ、そうだ」と思い出し、あわあわとスマホで安里に通話をかける。
『はい、安里です』
「あ、安里さんッスか!? 緊急事態なんス! すぐ来てください!」
「はい。来ましたよ」
「うぎゃああああああああああああああっ!?」
電話をかけたらすでに、安里は横にいた。彼は愛たちが外に出たことも、彼女たちを警戒していたので気付いていたのである。
安里たちが同じ会場にいたなどとは全く気付いていなかった絵里は、仰天して腰を抜かしてしまった。
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