13-ⅩⅧ ~アサラーム監督との邂逅~

 そうして1時間が経ち、すっかり日も落ちたころ、会場にとある外国人が入ってくるのを、十華は目にする。そして、その目が強く輝くと、テーブルにて食事を分析している愛の肩を強く叩いた。


「いたっ! 何? 十華ちゃん」

「ご飯食べてる場合じゃないわよ! 来た! 来たわよ!」


 目的の人物の登場に、会場はにわかにざわつー―――――かなかった。そりゃそうだ。B級以下の映画監督の登場など、ここにいるやんごとない方々は知る由もない。


 小太りのアサラーム監督は、通訳らしき男性を引き連れて、ピシッと決めたスーツでやって来た。そのあまりにも堂々とした佇まいに,いらっしゃる方は「誰だろ、あれ?」「どこかの外資系の役員かな?」などと話している。残念ながらそんな人ではない。


 通訳と話しながら、監督は上階に向かっていった。恐らく、鳳之介の元に挨拶に行くのだろう。


「愛ちゃん、行くわよ!」

「え、ちょっと待って、ご飯まだ……!」

「いいから!」


 十華は愛を引っ張るように、3階へと急ぐ。エイミーと絵里も、それにつられて上階へと昇って行った。

 そんな姦しい女子高生たちを、会場の隅っこで見やっている男女がいる。安里と朱部の不法侵入組だった。


「……愛さんたち、行きましたね。ふう」

「ビュッフェに来た時はバレるかと思ったわ」


 彼らはビュッフェの食事をタッパーに詰める作業をしていたのだが、愛たちがやって来てテイスティングを始めてしまったので慌てて退避していた。愛の第六感はここ数ヵ月ですっかり鍛え上げられている。変装はしているが、下手すれば自分たちが紛れ込んでいることがバレる可能性があったからだ。


「それにしても、やけにテンションが高めでしたね」

「これじゃない? 今来た外国人」

「アサラーム……ああ、なるほどそういう……」


 朱部がいつの間にか用意した招待者名簿を見やり、安里は納得した。アサラームという名前には、聞き覚えがある。


「愛さんの言っていた、例の映画監督ですか」


 この監督が来ることを、愛は安里探偵事務所で話していた。何だったら、紹介のために彼の代表作である『ギガント・シャーク VS マンティス・ウーマン ~炸裂の蟷螂拳~』を、事務所で上映会したほどだ。当時の光景を思い出し、安里は身震いする。彼は結構、愛オススメのクソ映画の被弾率が高かった。


「……そんな人が、なんでこんなパーティーに?」

「呼ばれたんじゃないです? 10円さん、沼にハマってたみたいですからねえ」


 それはともかく、これはチャンスだ。


「――――――またすぐ戻ってくるでしょう。今のうちに、取れるだけ取っておきましょう」


 安里と朱部は頷くと、もはや掃除機の様に安里の体内に料理をぶち込み始める。


 中でぐちゃぐちゃにならないように整理するのは、安里の役目である。


******


「あ、いた!」


 3階にやって来た愛たちは、鳳之介とにこやかに話しているアサラーム監督を見た。そばにいる身長の高い男が間に入っているから、おそらくは通訳なんだろう。


「おや、十華?」

「お爺さま、私たちもその方にご挨拶を!」


 愛たちの声に気が付いたのか、アサラーム監督と通訳の男が、こちらを見やる。


(……あれ?)


 愛は一瞬、ドキッとした。アサラーム監督は今年で確か45歳の妻子持ち。超尊敬する映画監督の、チャーミングな顔にドキッとした――――――訳ではない。


 隣の、通訳の男。どこかで見たような……?


 そう思いながらも足は自然と、彼らの元へと向かう。


『――――――こんにちは。本日はお越しいただきありがとうございます。わたくし、鳳之介の孫の、平等院十華です。お会いできて光栄ですわ』

「……オウ、グレイト」


 アサラーム監督と通訳は、十華の流暢な英語に、肩をすくめた。そして、十華と二言程話して、彼女と固い握手を交わす。

 そして、ちらりと愛たちの方を見やった。ちょっと期待しているようだが、愛たちは逆におどおどしている。


「えっ、あの、その……」


 こんな土壇場でいきなり英語で話す、というのが、愛たちには経験がなさ過ぎた。どもっている愛たちを見て、通訳の男がオホン、と咳払いする。


「あー、君たち。日本語で大丈夫だヨ? 私が訳すからネ」

「あ、本当っスか? 良かったっス」


 絵理がほっと胸を撫でおろし、各々自己紹介と握手。そして、愛と十華は持ってきていた『ギガント・シャークVSマンティス・ウーマン ~炸裂の蟷螂拳~』のパッケージに、アサラーム監督のサインをもらう。


『……わざわざ買ったのかい!?』

「もちろんです! 大ファンなので!」

『オーマイガー! うちのワイフだって「いらない」って言うのに!』


 愛とアサラーム監督は、すっかり意気投合している。なんだったら、このまま小一時間ほど軽快なサメ映画トーーークを繰り広げかねない勢いだった。


 ――――――だが、それがぴたりと止まる。理由は明白。愛と監督の会話が、突如通じなくなったからだ。


「……あれ?」


 さっきまで通訳してくれていたはずの男性の姿が、どこにもない。ついでに言えば、十華の姿もなくなっていた。


「十華ちゃん、どこ行ったの?」

「ん? 通訳の人が「トイレ」って行ったから、連れてったんじゃないか?」

「ああ、そっかぁ。残念」


 となると、アサラーム監督とは話せない。愛は「センキューベリマッチ」と言って、頭を下げる。監督は陽気な笑顔とサムズアップで応えてくれた。


「いいのか?」

「やっぱり言葉の壁って難しいね……戻ろっか」

「そうッスねえ。十華ちゃんも、すぐ戻ってくるでしょうし」


 そう言いながら、3階から1階に会談で戻る最中。


 愛は、見た。


「……十華ちゃん?」

「ん? 戻って来たのか?」

「……違う、あそこ!」


 愛が指さしたのは――――――階段の横に備えられた、屋敷の裏庭の見える窓。

 その窓の向こうに――――――十華は、いた。12月の、寒空に。制服だけ着た状態で。

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