13-ⅩⅤ ~それぞれのクリスマスイブ・日中~

 クリスマスイブを迎え、いよいよクリスマスの目前とあってか、町の活気はより一層高まっていた。それは、蓮の通う綴編高校も同様である。


 と、いっても。


「――――――行くぞ、お前らああああああ!」

「「「おおおおおおおおおおお!」」」

「かかってこいやああああああああ!」


 この男子校で、お盛んなのは、いつでも血の気ばかりだ。


「……はあ」

「元気ねえ皆。負けた方は後で慰めてあげなくちゃ」

「そこまでする必要があるのか……?」


 学校の職員である多々良葉金と九重久の2人は、校舎屋上にあるプレハブ小屋から校庭の惨状を見やっていた。


 現在行われているのは、何とも醜い戦いだ。彼女のいない連中が、彼女のいる連中に喧嘩を吹っ掛け、入院するくらいボコボコにしてクリスマスを台無しにしてやろうというもの。一方の彼女持ちも、彼女に武勇伝自慢をしたいのと、何よりこんな奴らを放っておいたら

彼女にまで危害を加えかねないのでクリスマス当日を病院送りにすること。

 互いの目的が奇跡的に合致し、クリスマスイブの死闘が繰り広げられていた。


「……なんとも、浅ましいな」

「オトコノコって、ホントバカよねぇ」


 久がくすくすと笑いながら、雪で真っ白のグラウンドが赤く染まっていくのを眺めていた。普通は身の毛もよだつ光景なのだが、ちょっとこの学校に馴染んでしまうとすっかり慣れてしまう。


 そうして殴り合いを眺めていると、葉金はちらりと腕時計を見やった。何度もちらちらと時間を確認し、しばらくして「はぁ……」とため息をついた。


「あら、どうしたの?」

「ちょっとな。……まだ、今日は10時か……」

「時間なんか気にして、何かあるの?」

「……後輩たちが、しんどい任務をやっていてな」


 毎年、クリスマスの時期になると荒ぶる怨霊、モテヘン念。そいつが解き放たれた場合、自分はこんなところで不良の喧嘩を眺めている場合ではなくなる。

 葉金は今まで、何とかモテヘン念を鎮めることができていたが――――――。


「……何も、なければいいんだがな」


 クリスマスが終わるまで、葉金の気苦労も消えることはない。


「それにしても、ダーリンも大変よねぇ。あのヘンタイのところに、ずっといないといけないんでしょ? 安里さんに頼んで、差し入れに行こうかしら」

「やめておけ。あの男、こんな時期に言ったら囲い込んでくるかもしれんぞ」

「それもそうね。ま、ダーリンがいるから大丈夫だろうけど。はぁー、会いたいなあ、ダーリン」


 喧騒もよそに、キューは空を見上げる。その目には、愛しのダーリン、紅羽蓮の姿が映っていた。


******


「……おい、起きろ。おい! ……ぬふぅんっ!!」


 モガミガワは生活スペースを自分の部屋の様に使う手伝いを蹴り飛ばすが、起きる気配は全くなかった。むしろ、蹴った足の指が変に曲がり、モガミガワは悶絶する。

 せっかくのクリスマスイブに、紅羽蓮は昼の15時まで爆睡していた。たまっていた仕事がひと段落ついたので、少し気が抜けたのだ。


「まったく……。まだ、全部の仕事が終わったわけじゃないんだぞ! 起きろ! 起―きーろー!」


 叩いても揺すっても、蓮は全く起きない。モガミガワは、頭を抱えた。


「くそう、一体どうすればいいんだ……!」


 まさか飼い犬じゃないと無理やり起こす事ができないなんて、さすがの天災科学者でも知る由もなかった。


******


「うーーーーーーーーん……」


 安里修一は、探偵事務所にて唸っていた。ちょっとだけ楽しみにしていた事務所でのクリスマスパーティー。それが主催者不在のためなくなってしまったためだ。


「せっかく事務所のメンバーも増えて、何か面白くなるかと思ってたんですがねえ」

「残念だったわね。いつもの、2人だけよ」

「……そっか。ボーグマンすら、夢依に連れていかれてしまうのか」


 姪っ子の安里夢依から、「おじさん、ボーグマン貸して!」と言われたとき、正直ちょっと面食らった。


「……なんでですか?」

「お友達がね、ボーグマン見たいんだって。便利な人型ロボットがいるって言ったら、興味津々でさ」

「それ、ドラ●もんみたいなもんだと思われてません? アレはそんなんじゃないですよ?」


 いいから、と結局押し切られてしまったので、事務所には正真正銘安里と事務員の朱部の2人だけになってしまう。この2人は寺務所のメンバー内で一番付き合いが長いのだが、その分取り立てて会話することもない。こんなつまらないクリスマス、安里はちょっと嫌だと感じていた。


「……蓮さんは研究所、夢依とボーグマンはお友達の家、そして愛さんはお金持ちのパーティー……ですか」


 ふう、とコーヒーを飲みながら、安里はひとりごちる。

 そうして、しばらく無表情の後、にやりと笑みを浮かべた。


「……せっかくなら、一番いいとこに行きましょうか?」

「乗り込む気?」

「失うものもありませんからねえ、特に」


 どうせクリスマスイブとクリスマス、こんなおめでたいイベントの日に、探偵事務所に依頼など来るはずもない。そうでなくとも、依頼なんて来ないのだから。


「……僕らだって、楽しんだっていいじゃないですか。なんたって、クリスマスですからね」


 安里のほほえみは、いつも通りの邪悪で薄っぺらな微笑だった。


******


「……まーだこんなに仕事があんのかよ!?」

「当たり前だろう。貴様、よくも昼過ぎまでぐーすかと眠ってくれたな。お陰で、午前中予定していた進捗率は40%も下回ってしまった」

「休んでいいって言ったのはテメーだろうが!」

「あんな長時間休むとは思わんわ!」


 蓮とモガミガワは、午後の研究所にてやかましく言い合っていた。


「とにかく今日は寝れると思うなよ! 徹夜で作業してもらうからな」

「はぁ!? ふざけんな、俺は途中で寝るからな!」

「寝たいんだったらきびきび働け! 40%を取り戻す働きをすれば、寝させてやらんこともない」


 モガミガワの言葉に、蓮は舌打ちしながら仕事に向かう。労働基準法違反で訴えてやろうかとも思ったが、この研究所自体がそもそも違法の塊なので、おそらくは無意味だ。


「……ちっくしょう、世間はク――――――」

「貴様それ以上その言葉を口にするなあ!」

「……ったく、こんなんだからモテねえんだよな」


 怒鳴り散らすモガミガワに蓮は呆れながら、普段運んでいる4倍の機材を一息に運び出す。


 クリスマスイブの昼は、あわただしく、しかし普通に過ぎていった。


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