13-ⅩⅢ ~クリスマスイブの荒魂~

 ――――――12月24日。

 クリスマスの前日であるこの日、徒歩市は大雪に見舞われた。ニュースでは「過去数十年ぶりの―――――――」と言っているが、なんだかいつもこんな風に言っている気がしてならない。

 雪はしんしんと降っているが量が多く、一応関東地方にある徒歩市、特に在来線の徒歩線にとっては、非常にダメージがデカい。平日なのだが電車が止まってしまい、電車通勤、通学をしているサラリーマンや学生には大打撃であった。それは車も同じであり、市内の道路のあちこちでは渋滞となっている。


「ねえ、これ間に合う? 時間」

「どうかな。結構手こずっちゃったらかなあ」


 車を運転している鳶九十九と助手席の露糸萌音は、心配の色を隠せないでいた。


「大丈夫かしら、詩織たち……」

「むしろ歩きの方が良かったかもねえ。こんな雪じゃ」


 2人は運転免許を持っていたので、例の「荒魂鎮あらみたましずめの儀」任務の場所に車で行こうと思っていた。そしていざ車で出発しようと思ったら、あっという間に雪が積もってしまったのだ。慌てて冬用のタイヤに取り換えたものの、予定していた出発時間はかなりぎりぎり。余裕をもって到着する予定のはずが、ぎりぎりにつく計算だ。

 しかも、雪の影響で渋滞が多く、下手をすると遅れる可能性がある。


「……詩織たちからの返事は?」

「『りょーかい。待ってる』って。穂乃花から」

「……そう」


 なかなか進まない車に少しのいら立ちを抱えながら、九十九はワイパーをしきりに動かす。

 目的の場所は、まだまだ見えなかった。


******


「――――――九十九ねえたち、遅れるって」

「そりゃ、この雪じゃねえ。しょうがないよ」


 スマホにて姉貴分からの連絡を受けていた穂乃果たちASHの3人は、集合場所にてぼうっとしている。


「あーあ。……せっかく、ホワイトクリスマスだったのに……」

「うだうだ言わないの! 蟲忍流のの任務なんだから、しっかりしなさい!」


 メンバーの中でも最も長身で目立つ四宮詩織は、だるそうに身体を伸ばしていた。本当ならばアイドルの仕事を全部終わらせて、勢いで紅羽家のクリスマスパーティーに紛れ込む算段だったのだ。


(……葉金兄から、お義兄さんが家にいないってのは聞いてるしね)


 なので、千載一遇のチャンスだったのだが。さすがにそれをやすやすと掴ませてくれる、兄貴分ではない。こんな仕事押し付けてきやがって……。


 一応萌音と九十九から回されてきた任務ではあるが、彼女が葉金と一緒に暮らしていることを知っている詩織にとって、葉金の存在が裏にあるのは明白だ。


「……よーし、やるぞぉ」

「明日香ちゃん、気合十分ねえ」


 やる気に燃える、小柄な安仁屋明日香こそ、この3人の中で一番真面目に忍びとしての生き方を全うしようとしていた。まあ、それで空回りすることもよくあるので、残り2人がブレーキを踏む。そういうチームである……と、詩織は思い込んでいる。

 

 実際は空回りする明日香と何しだすかわからない詩織を、しっかり者の穂乃花が手綱を握る、というのが正解だ。


「……あ、萌音姉から、『先入ってて』だって! 行こ!」


 連絡を受けたので、穂乃花たち3人は目の前にいる建物に入る。

 それは――――――寺だ。


「すみませーん」


 寺社の奥にある寺務所に向かい、インターホンを押す。するとしばらくして、袈裟を着た坊主頭の男性がやってくる。


「――――――わあ」

「まあ……」


 明日香と穂乃花は、思わず声を上げてしまった。というのも。


「ようこそお越しくださいました。……蟲忍衆、の方ですね?」


 そのお坊さんは、とてもイケメンだったのである。それも、忍びである2人が一瞬ながら見とれてしまうほどに。


「……ふーん。まあ、翔くんと比べたら、ね」


 とっくに別の男に心を奪われている詩織だけは、その美貌には靡かなかったが。


「えっと、貴方は……」

「はい。この寺の住職の、兆尾ちょうび青念せいねんと申します」

「あらまあ。随分と自信がおありなんですね」

「はは……よく言われます」


 青念と名乗った青年は、名前負けしない爽やかな笑顔を見せる。そして、寺院の奥へと案内してくれた。


「あ、あれ……」

「あれが、例の……?」


 3人が歩いていると、寺院にて修行されているお坊さんたちとすれ違う。が、やっぱりどの顔も、大層美顔であった。


「……顔立ちの整った方が、多いようですね?」

「ええ。どういうわけか、うちの寺院には顔絡みで苦労したものが多くて。かくいう私も、その一人ですよ」

「青念さんも?」

「ええ、まあ。それより、今年はあなた3人なのですか?」

「いえ、ちょっと雪で遅れてて……あと2人。5人でやる予定です」

「そうですか……。今までは葉金さんが来てくれていましたが、彼は参加されるのですか?」

「あ、それは……ちょっと、色々ありまして」


 穂乃花がそう言うと、青念は「そうですか……」と残念そうな声を出す。その声は、明らかに、さっきまでの「そうですか」とは違う、と、詩織は感じた。


(……この人、まさか……?)

「葉金さんとは年も近いわりに様々な経験をされているので、お話を伺うのが楽しかったのですが……」

「そうなんですか……実は、私たちもしばらく、葉金兄には会えていなくて……」

「どこにいるかも、わからないんですよね……」

(お義兄さんの学校にいるんだけどね……)


 寂しそうな穂乃花と明日香の表情に思わず言い出しそうになるのを、詩織はぐっとこらえた。


「――――――それで! 葉金兄が今までやっていた、「荒魂鎮の儀式」っていうのは――――――?」

「ああ、そうですね。皆さん、初めてですから説明が必要でしょう。……こちらです」


 青念が案内してくれたのは、本堂の奥の一角。きらびやかな寺院の本堂とは打って変わって、大量の札が貼られている。


「うへえ……なにこれ?」

「……凄い妖気……!」

「お判りになりますか。さすがですね」


 思わず気持ち悪くなってしまうほどの妖気を浴びて、霊力の高い蟲忍衆3人は顔をしかめた。一方で青念は霊感は鈍いらしく、この妖気の中でも何ともないらしい。住職がそれでいいのか……という気持ちを、3人はぐっと抑える。

 そんな3人の様子など露知らず、青念は険しい表情で、その名を言った。


「……この寺院の地下にいるものこそが、毎年蟲忍衆の方々に沈めてもらっている、荒魂……その名は……"モテヘン念"」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る