13-Ⅻ ~(フラグの立つ音がした)~

「どうもー。差し入れに来ましたけど……忙しそうですね?」


 モガミガワの研究所にやって来た安里は、その光景に困ったような笑みを浮かべていた。


 現在、研究所は大量のロボットがせかせかと動き回り、何かを大量製品している。

 そしてロボットに紛れる者と、研究所の一番上でロボットたちの管理をしている者は、その中でも特に忙しそうであった。


「まさに師走ですね。大変そうだなあ」

「余計な、お世話だ……!」


 蓮は舌打ちしながら、重たい電源プラグを運んでいる。地下にあるこの研究所は、町の下に張り巡らされている電線から電気を拝借していた。集めた電気は一ヵ所に集中し、そこから研究所の各設備に充てられる。そのためのプラグだ。


「第8スペースの作業が遅れている。電力を回すからプラグを追加しろ。すぐにだ!」

「あーもう! 差し入れなら置いといてくれ、何だったら手伝え」

「無茶言わんで下さい。このロボットの群れに入ったら、僕、死んじゃいますよ」


 作業のために大量に駆り出されているロボットたちの大行進に絶句しながら、安里は笑っていた。モガミガワ謹製のこのロボットたちは、安里が作ったロボット、ボーグマンよりも高性能。それも、オートメーションで作り出される。ボーグマンは我ながらなかなかのスペックを持っていると安里は自負してはいたが、やはり本職となると凄まじい。


「カーネルたちから急激に、「局所紫外線照射装置」の発注があってな。それも大量に」

「おやまあ。それでこの忙しさですか」

「納期は12月の28日までだ! 全く、無茶を言う」

「いくつ必要なんです?」

「合計で1500機だ! 組織一つにつき500は欲しいんだと!」

「それは大変ですねぇ。今、いくつ作ってるんですか?」

「聞いて驚け、ゼロだ!」


 何せ発注を受けたのは、つい先日。いくらモガミガワが天才とはいえ、いきなりそんなもの発注されても、イチから作るのには多少なりとも時間がかかる。


「しかしアザト・クローツェ。貴様が来たのはいいタイミングだ! お前、俺様の発明をコピーできたよな?」

「コピー? ああ、そういう事ですか」


 安里の能力「同化侵食」。触れたものになり、触れたものを自分にする能力。この能力は言ってしまえば、あらゆるものをコピーすることができる。


「1つ作ってしまえば、後はすべて貴様の能力でコピーすれば事足りる! 開発予算も大幅削減だ! ザマーミロ!」


 高笑いするモガミガワだったが、安里はそんな彼ににっこりと笑みを浮かべる。


「――――――「その方が楽だろうから、予算も返せ」って。カーネルたちからの伝言です」


 高笑いしていたモガミガワは、そのまま凍り付いた。


******


「わあ――――――! すご――――――い!」

「……あんまりはしゃぐなよ。危ないもんがゴロゴロあるんだ」


 モガミガワの研究所の中を、蓮は愛を連れて歩いていた。近未来的な様相に、映画好きな彼女はSF世界のような景色に、目を輝かせている。


「目隠しされて連れてこられた時はどうかと思ったけど……本当に、映画とかゲームの中みたい。悪の科学者の秘密基地!」

「実際そうだからな」


 そんな場所なので、(一応)一般人の愛にここの場所を知られるわけにはいかない。なので彼女は移動中は目隠しされ、マスクをつけられ、ヘッドフォンをつけられた。さらには、狭い下水道を移動しなければならないため、朱部とボーグマンが抱える袋の中に入れられている。傍からみたら、れっきとした誘拐だ。


「……ったく、そうまでして来るか? フツー」

「だって、安里さんたちみんな行くっていうし……自分だけ留守番っていうのも、なんか嫌だったし……」


 運ばれたときに身体がってしまったのか、愛は身体をひねると、そのまま椅子に座った。蓮も、その隣にすとんと座る。


「……蓮さん、本当に来れないの? クリスマスパーティー」

「あのアホ見ただろ? 見張ってねえと、何するかわからねえんだよ」

「そっかぁ。残念……やめよっかな、事務所のパーティー」

「はあ?」

「だってえ。蓮さん出れないのに私が主催したら、なんか意地悪してるみたいじゃない?」

「別にそんなことねえだろ……」

「それにさ、じつは私、十華ちゃんからもパーティーのお誘い受けてて。そっちに、凄い人来るらしいんだよね」

「10円の?」


 蓮の中で、平等院十華という女は、「10円」というあだ名になっている。「平等院」で「十」だからという安直な理由だが、万が一わからないという方は今すぐ自分の持っている小銭を見てほしい。


「なんかね、凄いゲスト呼んだんだって。十華ちゃんのおじいちゃんが」

「凄いゲストって、誰だよ?」

「映画監督。外国の」


 その言葉を聞いた途端、蓮の背筋に悪寒が走った。愛の口から「映画」という単語が出るだけで、鳥肌が立ち、若干の吐き気を覚える。これはもう、条件反射となっていた。


「……へ、へー……」

「その監督がね? この間見た『ギガント・シャークVSマンティス・ウーマン ~炸裂の蟷螂拳~』の監督のアサラームって人なの!」


 やばい。この流れは、非常にやばい。蓮の脳が、警鐘を鳴らしていた。愛の口から、とうとう映画のタイトルが出やがった。見たことはないが、とんでもないクソ映画であることは間違いない。というかあの10円、たのか。蓮はこの時、初めて知った。


「あ、ちなみにコレ、続編決まってるんだよ! 『ギガント・シャークVSマンティス・ウーマン2 ~裏切りの蟷螂拳~』っていってね、来年の夏くらいに出るらしいんだけど――――――」

「わかった、わかった! わかったからちょっと待て!」


 蓮は慌てて愛の口をふさぐ。このままだと、ずっとクソ映画の話になりかねない。彼女にはそれができるだけの知識とレパートリーがある。


「……そんな好きな監督がいるなら、行ってこいよ。そのパーティーに」

「でも、言い出しっぺだし、安里さんにも悪いし……」

「あんな奴の心配なんかいらねーよ。当日になったら、なんだかんだで何かやってるだろ」

「ふわっふわし過ぎじゃない?」

「いいんだよ。俺どうせ出れないから関係ないしな」


 そう言いつつ、ちょっとむすっとしている蓮を見て、愛はなんだかおかしくなってしまい、ふふっと笑みがこぼれる。ずっとこの研究所にいるというので会うのもそこそこに久しぶりだったが、いつもと変わらない、素直に「寂しい」と言えない、照れ屋な蓮さんであった。


「……何笑ってんだ」

「別にぃ? はい、じゃあこれ」


 愛は背負っていたリュックから、プラスチックのパックに入ったお弁当を差し出す。彼女がわざわざ誘拐まがいの状態になりながらも、この研究所に来たのはこのためだ。


「これ食べて、頑張ってね?」

「……おう」


 中を開けてみると、中には骨付きのフライドチキンと、ポテトががぎっしり。


「……ケン●ッキー?」

「クリスマスといえば、やっぱりチキンでしょ? 大丈夫だよ、ちゃんと冷蔵庫に入れておけば腐らないから!」


 つまりはクリスマスまで、これ食えってか。いや、美味しいんだろうけどさ……。


「……飽きるって、さすがに……」


 だって、クリスマスまではあと7日もあるのだから。


******


 悪の組織の方々から発注されていた強紫外線照射装置は、結局作るのに3日もかかってしまった。


 1個作った後は安里が同化コピーするので問題ないのだが、「こんな辛気臭いところにずっといたくないです」と言われてしまい、結局完成したらまた来てもらうことになった。

 なので、納品ができるようになったのは12月23日。平成の時代であれば祝日だったが、令和となった今ではただの平日だ。


「どーもどーも。これが、完成品ですか?」

「……ああ、これだ。軽量化しているが、太陽照射の3倍の濃度の紫外線を照射できるようになっている」


 げっそりとやつれたモガミガワが安里に手渡したのは、片手で持てるサイズの懐中電灯だった。一見ただの懐中電灯なのだが、その光は太陽の光と同じ成分が含まれている――――――らしい。なんだったら、植物を育てるのにも向いているそうだ。


「じゃあ、これは僕がコピーして各組織に渡しておきますので」

「ああ、そうしてくれ……」

「蓮さんも、ご苦労さまでした」

「おう……」


 モガミガワの横で、蓮もぐでーっと仰向けになって倒れていた。相当動き回らされたことは、想像に難くない。


「あ、そうだ。蓮さん、ひどいじゃないですか。愛さんに変なこと吹きこんで」

「あ?」

「事務所のパーティー、なくなっちゃいましたよ。彼女、他のパーティーにお呼ばれされちゃいましたよ」


 安里探偵事務所でのクリスマスパーティーは、おおよそクリスマスの1週間ほど前に中止が決まったらしい。愛が参加できなくなってしまうとなれば、事務所でのパーティーなどお通夜よりも静まり返ってしまう。


「夢依も、お友達の家でパーティーするそうですからねえ。結局、いつも通りですよ、こっちは」

「はっ。ざまみろ」

「クリスマスパーティーなぞ……滅びてしまえばいい……」


 珍しく蓮とモガミガワの意見が一致した。ついでに言えば、満身創痍なところまで一致している。


(……やはり、長い間一緒にいると、似てくるもんなんですかね)


 となると、蓮をあまりここに長居させるのはやめた方がいいかもしれない。


 ――――――仮に。


 「最強」の彼が、「リア充死ねえ!」とか言いながら暴れ出したりしたら。


 ――――――それこそ、この世界は終わりだ。

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