13-Ⅷ ~週次報告の夜に~
「吸血鬼ぃ?」
「そうです。特に女子高生をナンパしているそうですので、気を付けてくださいね」
「それを聞いて、俺に何を気をつけろってんだよ……」
紅羽蓮は、12月に入り、ようやっと珍しく、研究所の外に出ていた。というのも、安里探偵事務所に定例報告に来たのである。週次報告なので、外に出ることのできる貴重な機会だ。押し込められて、オッサンの加齢臭漂う地下より、やっぱり外の方が空気が美味い。
「にしても、そんなのいるなんて、まったく知らなかったわ」
「そりゃ、ずっと地下に篭ってりゃ知る由もないでしょうからね。念のためですよ、念のため」
「つーか、吸血鬼なんか何しに来るんだよ、こんなところによぉ」
「さあ、それは聞いてみないとわからないんじゃないですかね? いずれにせよ、外で出くわすかもしれないですから」
「へいへい。見つけたらぶっとばしゃいいのか?」
「特にこちらに害もないので、ほっとけばいいんじゃないですかね?」
りょーかい、と雑に返事を返すと、蓮は週次報告のレポートの入ったクリアファイルを安里に渡す。パソコン文書が使えないので、チェックシートで作成したものだ。蓮は名前と、該当する箇所にチェック、後は自由記入欄だけという、簡単なものである。そして自由記入欄は、真っ白であった。
「……あのねえ、なんかないんですか? こんなことがあった、あんなことがあった。色々あるでしょうに」
「んなもんねーよ。ほとんどあの野郎の「モテるやつは死ねばいい」談義ばっかりなんだぞ?」
ぼりぼりと頭を掻き、蓮は踵を返した。この後はある程度お使いをして、モガミガワのところに戻らなければならない。
「あ、そうだ。蓮さん、言っておきたいことが」
「あん?」
「クリスマスですね、事務所でパーティーをやることになりました」
「……あ、そう」
その言葉を言うとき、蓮の目は死んでいた。平静を装っているが、結構ダメージはデカいと見える。
「言っときますけど、主催は僕じゃないですからね。愛さんが、事務所でパーティーやらないか? って」
「愛が? ……まあ、別にいいけどよ。じゃ俺、報告終わったから帰るわ」
「はいはい、ご苦労様ですー」
きわめて平常運転の安里に、蓮は舌打ちしながら事務所を出た。
愛はビデオ通話で参加、などと言っていたらしいが、蓮にそれは不可能である。
その理由は極めてシンプル。モガミガワの研究所には、電波が届かない。そもそも通話できるような電波状況だと、悪の科学者のアジトとしての意味がないだろう。だいたい、そんなの許してたら蓮のスマホで拠点がバレてしまう。
なので蓮には、どうしても事務所のクリスマスパーティーには参加できないのだ。
(……ま、別にいいけどさ……)
ぶつくさ言いながら、事務所のビルを出る。夕方くらいの時間帯だったが、「いつ帰ってこい」とまでは言われていない。
(……お使いで時間かかったってテキトーに言い訳すりゃいいか)
目の前には、蓮もよくいく唐揚げ定食屋「おさき」がある。ちょうど、蓮の腹の虫が鳴った。そして、蓮の鼻孔は揚げ物の美味しそうな香りに、かなり刺激されている。
「……飯食って帰ろう」
蓮は己の食欲に従うことを決めると、「おさき」の扉を開けた。頼むメニューはもちろん、最近増えたジャンボミックスフライ定食だ。
******
『早く帰ってこんか貴様あああああああああ!!』
「うるせーな、わかってるよ! 今から帰るって」
ゆっくり飯食ってお使いしてたら、とんでもなく遅くなってしまった。時刻は現在22時。お使いのショップが路地裏の迷いやすいところにある上に、複数あるもんだから、買い物がグダグダになってしまったのである。
モガミガワ曰く「安全かつ確実に購入できるように複数に店を分けている」そうだが、それで買いに行かされる身としてはたまったもんじゃない。お陰で買えたのも、ついさっきである。
『いいから早く戻ってこい。お前には運んでもらうものがまだまだ山ほどあるんだ。夜食くらい用意してやるから』
「あ、いらねえ。飯食ってきたから」
『何を自分だけいいもの食ってきてるんだ愚物がぁ!』
その瞬間、モガミガワの怒号が電話から飛ぶ。人のスマホを勝手に改造して、研究所の電波を探れないようにしているからか、言いたい放題だ。
鬱陶しいので電話を切ると、蓮は路地裏を歩き始めた。モガミガワの研究所は路地裏から入る。メインストリートなど用はない。
そして、そんな路地裏を通っていたからか。
「はーい、じゃあこれ持って写真撮ろうネー。……ン?」
「……あ」
同じく路地裏で、女子高生にホワイトボードを持たせて写真を撮っている色白の男に、ばったり遭遇してしまったのである。
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