13-Ⅶ ~まことしやかにささやかれる噂~

「……ねえ、あの噂、知ってるっスか?」

「「噂?」」


 桜花院女子高等学校、普通科の教室に残っているのは、3人の女子生徒だ。

 一人は、立花愛。もう一人は、眼鏡にくせっ毛気味の女子生徒。巴田絵里という、世界でも数少ない愛の映画嗜好で即死しない人類である。


「……そういや、シグレが職員会議で「噂」がどう、とか言われたとか言ってたな。何だったか?」


 大柄で金髪、褐色肌と明らかに日本人でない女子生徒は、エイミー・クレセンタ。日本人どころか地球人ですらないのだが、細かい事情は学校には内緒にしている。

 彼女は現在、徒歩市に留学しており、桜花院女子高特進科養護教諭のシグレと寝床を共にしているのだ。


「なんでも、夜中に女子高生が歩いていると……」

「歩いていると?」

「……吸血鬼に、攫われるらしいっスよ?」



 巴田は恐怖を醸し出すようにゆっくりと言う。しかし、現在時刻は15時。階段話をするには、あまりにも明るい。怖さは激減していた。


「吸血鬼ねえ。真偽はともかく、実際に被害が出てるらしいからな」

「行方不明届けでも出てるの?」

「いや? ……だから、吸血鬼の仕業って言われてるんだと」


 職員会議で話題になった、吸血鬼に攫われるとは。

 夜中に女子高生が歩いていると、話しかけてくる壮年の男性がいる。話しかけられると、どういう訳か応じてしまうらしい。


「……そして、はっと気が付いた時には、話しかけられた場所に突っ立っている、という話ッスよ」

「それで、なんで攫われたってなるの?」

「時間だよ。大体被害者1件にあたり、30分くらい。そこでずっと

突っ立ってるなんて、おかしいだろ? その間の記憶もないんだぞ?」

「なるほど……」


 そうなると、何者かに意識を介入されている可能性が高い。それが何かはわからないが、夜と、うら若き女性をターゲットにしているとなると、「吸血鬼」という言葉に形容されるのか。


「……本当に、吸血鬼なのか? この町、私が言うのも何だが人外がやたらと多いぞ」


 幽霊、宇宙人、同化侵食生命体、ロボなど……。そんなもの、この徒歩市にはありふれている。そう考えると、せいぜい吸血鬼っぽい怪人がいたとしても、何らおかしくない。


「……むしろ、だからこそ本当に吸血鬼だったりして……?」


 そんな異形のど真ん中で平然としている愛は、少し考える。逆にこんだけ色々いるんだから、吸血鬼の一人や二人いてもおかしくないのではないか……。そんな考えが、頭によぎってしまう。

 ほんの8ヵ月前までは、こんな世界のことなど、かけらも知らなかったはずなのだが。だが思いのほか、身近にそういう世界があったことに改めてびっくりさせられる。


「……まあ、いずれにせよ、夜もだいぶ更けないと出てこないって話だよ。普通に過ごしてりゃ、そんな時間に出歩くことなんてないだろうが……愛くらいか? この中だと、バイト帰りに」

「エイミーさんのシフトは、せいぜい夜の8時くらいだもんね」

「というか、場所だよ、場所。吸血鬼が出てくる場所って、大体大きな駅の周辺らしいからな。お前の家の住宅街なんて、せいぜいあの商店街だろ」


 ほぼ住宅街に近いあの商店街では、さすがに吸血鬼も活動しにくいだろう。なので、エイミーが吸血鬼に会う可能性は低い。まあ、出会ったところで、大変な目に遭うのは吸血鬼の方の可能性が高いのだが。


 それはともかく、問題は愛の方だ。安里探偵事務所はこの町の中心部に近いし、例の駅も近くだ。そして何より、愛は結構遅くまで働いていることがある。事務所の掃除、夕食の準備、翌日の朝の食事の準備……などなど、家政婦は結構やることが多いのだ。


「でも、愛ちゃんなら大丈夫な気がするっスけど。最強のボディーガードが付いてるし」

「ああ、それなんだけど……」


 そう言いかけたところで、愛のスマホが鳴った。なんだろ? と思い見てみると、結構驚くべき数の通知が来ている。差出人はすべて、「平等院十華」。


「……何?」


 通知のメールを見てみれば、「車で送ってあげるから校門に来なさい」という内容だ。それが、ここ1時間くらい、ずっと続いている。


「あ、ヤダ! 全然気づかなかった!」


 ついつい雑談に興じていたせいで、愛は全く気付いていなかったのだ。慌てて竹刀袋とカバンを背負うと、一目散に駆け出す。


「じゃ、また明日ね!」

「ういっス」

「ああ。じゃあな」


 愛はバタバタと教室を出て、いなくなってしまう。


「……そういえば、そろそろクリスマスッスね」

「そうだな。確か、恋人同士のイベントだったか」

「愛ちゃん、なんか進展ありますかね?」

「……あるいは、こっちから発破かけてやるか」


 教室に残された巴田とエイミーは、ふっと笑う。

 自分たちに色恋沙汰の話などとんとないが、他人の話だとこうも面白いものか。


******


「――――――まったく、ずっと返事来ないんだもの。帰ろうかと思ったわよ」

「ごめんって……ほんと」


 車の中で、愛は必至に頭を下げていた。隣に座っている女子が、むくれているのである。名を、平等院十華。徒歩市市議会議員の娘であり、立花愛の幼馴染でもあった。


「でもなんでまた急に? ……吸血鬼の噂も、うちに帰るだけなら関係ないよね?」

「……クリスマスに、おじいちゃんの家でパーティーがあるのよ。それで、良かったらあなたも良かったらどうだ、って」

「クリスマスパーティ―……?」


 十華の言葉に、愛は少し考える。十華の家のお金持ち度というのは、別に市議会議員だから、というわけではない。どちらかというと、十華の父の父、つまりおじいちゃんがお金持ちなのだ。


 そして十華の父の最大の武器――――――それは、人脈である。特に大学時代の友人には、警視総監から大企業の役員など、かなり身分の高い人たちが多い。クリスマスは、毎年のように大物が集まる大パーティーになる。

 正直、魅力的な提案だ。パーティーの参加者の誰か一人とでも友達になることができれば、


「うーん、でもなあ……」


 愛はうーんと、両腕を組んで考える。その日には、事務所でクリスマスパーティーがある予定なのだ。というか、言い出しっぺは自分である。


「その日は、事務所でパーティーやる予定で……」

「あら。……じゃあ、仕方ないわね?」

「あれ?」


 愛は首を傾げる。長い事まって車の中にまで招いた内容なのだから、もう少し食い下がってくるかと思っていたのだ。


「……いいの?」

「何よ。自分で行けないって言ってるじゃない」

「そうじゃなくて、その……別に、必ずやらなきゃいけないわけじゃないし……」

「だって、私達より紅羽くんとパーティーした方がいいでしょ」

「……へ?」


 愛は一瞬ぽかんとした。だが、その後にすぐに理解して、顔が真っ赤になる。


「いっ……いやいやいやいや! なんで! なんで蓮さんが出てくるの!?」

「え、探偵事務所ってことは紅羽くんも参加するんでしょ?」


 十華はキョトンとして、「当たり前だろ」というオーラを醸し出している。愛はわたわたと手を振った。


「だ、大体、蓮さんは来ないよ! ……用事あって忙しいから、って……」

(露骨にシュンとした……!)


 もう、本人も隠す隠さないとか、自覚している、していないの問題ではない。


(……こりゃ、時間の問題ね。お互いに)


 十華はうんうんと、勝手に納得したのか頷いている。


「え、ちょっと! 何!? その仕草! 十華ちゃん!? ねえ!」


 騒ぐ愛を乗せて、十華の車は徒歩市の住宅街へと向かっていった。

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