13ーⅥ ~女子高生を見つめる瞳~

 12月は師走と言い、1年で最も忙しい時期と言われるが、それは大人に限ったことではない。

 時刻は夜もだいぶ更けている。そんな時間の中、複数の女子高生が、談笑しながら歩いていた。


「それでさ。この間の模試、まだC判定でさ。志望校のランク下げたらどうだって、先生からも言われちゃったよ。マジショック」

「だよねえ。大体家から通える範囲で、文系の学校少なすぎるよね!」

「国立落ちたらあとは私立しかないとか、マジ最悪!」


 彼女たちの学校は、公立の四津門よつかど高校のものであった。徒歩市内の公立高校の中でも、これといった特徴のない、平均的な高校である。これが極端に学力の低い綴編高校や菱潟高校、学力トップの第一高校などであれば、彼女たちのレベルも正確にわかるのだが。

 歩く3人の女子高生は、いずれも予備校帰りである。大学受験を来年に控える彼女たちにとって、この12月は追い込みの時期。志望校合格に向けて、ラストスパートをかけているまっ最中である。


「はあー。……クリスマス、か」


 女子高生の一人が、ショーウィンドウの中にあるクリスマスグッズを見やり、ため息をついた。彼女たちの通う予備校は、クリスマスも絶賛稼働しているのである。


「なんだったら、クリスマス勉強大会なんてあるもんね」

「ホント最悪! クリスマスくらい、楽しく過ごしたいのにさ。なんで勉強しなくちゃならないんだか……」


 同じ学校の、就職組はみんなクリスマスを謳歌するらしい。中でも彼氏がいる者は、彼氏と一緒に高校生活最後のクリスマスを、特別な時間とするべく色々と動いているそうだ。夜道を歩く女子高生3人には、そんな浮ついた話は一切ない。聞けば聞くほど、がっくりと肩を落としそうになってしまう。


「……予備校にいる男子、良さそうな人いた?」

「ぜんぜん」

「だよねえ。はあー、彼氏欲しいー! もう、年上でもいいからさあ」


 そんな嘆きをしたところで、周囲の雑踏に消えるだけ。彼女たちも、そんなことはわかり切っていた。

 わかり切っていた、のだが。


「――――――年上の大人をご所望かネ?」

「え?」


 横から、声が聞こえた。彼女たちが声の方向を見れば、それはメインストリートから外れた横道だ。

 その横道の入り口。建物の壁に、男が寄りかかっていた。電灯のライトにぼんやりと照らし出されるその姿は、まるで存在そのものが希薄なような印象を与える。しかし、黒いコートにブラウンの髪と口髭で、スラリと高い身長は、とても強い存在感を放っていた。


「……あ、貴方は……?」

「――――――ねえ、お嬢さんがた」


 なんで夜中にかけているのかわからない、サングラスを外して、男はブラウンの瞳を女子高生たちに向けた。


「――――――?」


 その目を、女子高生たちが見た瞬間。彼女たちの身体が、がくんと一瞬、まどろむように揺れる。

 不思議な感覚だった。頭がぼうっとして、正常な判断をすることができない。でも何だか、このおじさまの言う事は、何も間違っていないかのように思える。


「――――――はい……喜んで」

「お茶、しましょう」

「んー、ありがたいネ。じゃあ、こっちに来てもらおうかナ? こんな時間でも空いている、いい喫茶店を知ってるんだヨ」

「はい……」


 女子高生たちはまるで人形にでもなったかのように、男の元へと歩み寄る。男は彼女たちの腰にそっと手を添えると、「じゃあ、行こうカ」と言って歩き出す。

 4人はそのまま、暗闇の中へと消えていった。


******


「……あれ?」


 ふと気が付くと、先ほどの場所に戻っていた。3人の女子高生は、一瞬何が起こったのかすら、わからないでいる。


「ここに、男の人いなかったっけ?」

「……いたよね? それで、話しかけられて……」

「それで……あれ?」


 3人は、ふと不気味な気分になった。まるで、3人が同じ幻覚を見ていたかのようだ。50代くらいの外人男性に話しかけられて、それから先がまるで思い出せない。

 怖くなった女子高生の一人は、恐る恐る、時計を見やった。


「……私達、どれくらいここにいたんだろ……?」


 現在時刻は22時40分。予備校を出たのが22時15分で、駅までたどり着くのには30分。この場所に着くまでにどれだけの時間がかかって、それからどれだけの間ぼうっとしていたのか、3人には見当もつかない。


「……なんか、怖い!」

「うん、早く帰ろ! お母さんに怒られちゃう」


 3人の女子高生は、足早に駅へと向かい、人混みの中へと戻っていく。


 ――――――ビルの屋上のへりに座り、黒コートの男が、そんな少女たちを見下ろしていた。人混みに完全に消えたのを確認すると、サングラスを外す。


「……うーん、彼女たちは……及第点ってとこかナ」


 写真に映る少女たちはいずれも、いずれも手にホワイトボードを持っている。そこには日本語の、彼女たちの名前であろう文字が書いてあった。


「……イヤ。確か、四津門高校、って言ってたかネ? ちょっと、微妙だったねエ」


 彼女たちから聞き出した学校をグー●ルマップで検索する。現在地から2つほど、駅が離れている場所だ。

 男は少し考えて、首を横に振る。


「……いや、もう少しかナ? 大本命は、まだアタックしていないしネェ」


 にやりと笑って、男は写真を消去した。

 そしてスマホをズボンのポケットにしまうと、屋上のへりに立つ。そして、無造作にそこから飛び降りた。


 誰もいない夜の空に、巨大な蝙蝠のような影があるのを、歩いている人たちは誰しも気づいていなかった。

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