13-Ⅴ ~徒歩市に潜む黒い影~
「先パイ、なんか今日は、いやに緊張してますね」
「しゃーないやろ。刑事部長から、「大物だから絶対に粗相のないように」って、嫌ってくらい釘刺されてんねん」
警視庁より派遣される、怪人に特化した犯罪を取り仕切る部署、通称怪人特課。そこの課長代理である
「はあ。新しい課長、いつ来るんですかね」
「まだ確定ではないけどな。決まってはいるらしいで。近いうちに辞令を出すって話だそうけど」
「ホントですか! ……ああ、でも、何か嫌だなあ」
「何がや」
「だって、絶対濃い人じゃないですかぁ。前の課長もそうだったけど」
「まあ、そうでなきゃ怪人の相手なんてしてられへんしなあ」
怪人特課の課長の席は、ついこの間まで休職していた課長が、満を持して退職した。そんなわけで、警視庁内ではこのポストに誰が就くのかが、もっぱらの噂になっている。怪人を相手どれる猛者、というだけで、警察組織内での評価は高い。
そんな警察の中でも屈指の猛者が集う怪人特課も、現在はたった2人。これは、警察が弱いのか、はたまた悪の組織が強いのか。それは後世の歴史のみが知るだろう。
とにかく、今2人にできるのは、目の前の怪人逮捕に勤しみ、市民の安全を守ることである。
「それで、合流場所は?」
「徒歩市のホテルや。そこに部屋を取ってるらしい」
「凄腕のエクソシストか何だか知らないけど、怪人なんて、例のあの子を連れて来ればイチコロなんじゃないですか?」
兼守は先日の殺人事件で徒歩市に来た際、捜査に協力してくれた少年を思い出す。旧日本軍が生み出したという怪人相手に、圧倒的な力の差で逮捕までこぎつけた、あの赤いとげとげした髪の少年を。
「……そう上手く行きそうでもないらしいで。何せ、今回の相手はへたな怪人よりも、更に長生きしとるみたいやしな」
兼守が運転する車の助手席で、水原は用意されている資料を見やっていた。
「――――――相手は、800年以上生きている、まさに生きた伝説やで」
******
「ようこそ来てくださいました」
「……驚いた。日本語、お上手で」
「難しかったですが、勉強しました」
ホテルの一室にて水原が邂逅した、特級エクソシストを名乗る男。正直胡散臭いというのが本音だが、警察上層部と信頼関係を築いているという、ただ者でないオーラだけははっきりと分かった。
「水原と言います、よしなにどうぞ」
「ミスター・ミズハラ……こちらのお嬢さんは?」
「同じく、兼守です」
「ミズ・カネモリ……OK。クロムです、よろしく」
それぞれと握手を交わすと、特級エクソシストのクロムは、「では、さっそく」と、カバンから取り出した資料を手渡す。
「……この男が、我々のターゲットです」
50代くらいの、ダンディな茶髪の男だった。一方で、肌は普通の人間よりも、少し白く見える。黒いコートを着て、特徴的なのは髪と同じブラウンの口髭だ。
「……これが、ですか。初めて見ます」
「でしょうね。奴らは、普段は鏡に映りません。カメラのレンズにもです。このようにとらえられたのは、奇跡というほかない」
そのせいで、どんなに噂が流れても実在を証明することができなかった。実像がなく、しかし世界でその名を知らないものはない、そんな怪人。
「――――――
その名を告げたクロムの表情が、固く強張った。それだけで、この怪物がどれほど恐ろしいものなのかわかる。
「……クロムさんは、今まで吸血鬼を相手どったことはおありで?」
「ええ。中級の吸血鬼ですがね」
そう言うと同時、クロムは着ている白のジャケットを脱ぐ。露になった上半身に、水原たちは目を見開いた。
「……それは……!」
「ひどいものでしょう。私も、あまり名誉の負傷ではないので、見せることはないですが」
鍛え抜かれたわき腹に、大きな傷が残っていた。いや、それだけではない。クロムの身体は、無数の傷跡だらけである。彼がどれだけの戦いに身を投じてきたか、それが人目にしてわかる代物だ。
彼が中級吸血鬼との戦いでつけられた傷は、その中でも特に大きな、わき腹の傷であった。
「今回ターゲットとなったその吸血鬼は……正直、その中級吸血鬼とは比べ物にもなりません」
「というと?」
「格が違い過ぎる。私も実際に見たことはない、伝承に生きる怪物――――――「
「真祖……」
クロムの言葉に、水原たち怪人特課も、背筋が凍るような思いに駆られた。こんな大けがを負わせるような怪物の、更に更に格上。それだけでも、ぞわぞわと鳥肌が止まらない。
「……でも、なんで、そんな奴の写真があるんですか? 吸血鬼の写真自体、貴重なんですよね?」
「……見てください、この男の目を」
「目?」
水原と兼守は、写真をじっと見て、恐ろしいことに気が付いた。……この写真は……。
「「カメラ目線……!」」
「そう。奴はこの写真に偶然映ったのではありません。敢えて自分を撮らせたのです。……我々人間を、挑発するかのように」
ホテルの室内が、しん、と、不快な静寂に包まれた。まるで、いもしないはずの吸血鬼に、あざ笑われているかのような、そんな気持ちである。いや、本当にいるのかもしれない。姿を消して、この場で沈痛な表情をしている我々人間を見てにやにやと笑っているかも。そんな気にもさせるような、恐ろしい写真だった。
「……しかし、ますます解せませんなあ」
もうこの場に、奴がいようといまいと構わない。腹をくくった水原は、口を開いた。
「何がです?」
「奴の目的ですよ。なんだって、この町に来たんですかねえ。この徒歩市に」
徒歩市はいくら東京とそれなりに交通網があるとはいえ、所詮関東某県某市の一角に過ぎない。さいたま、横浜など、有名な都市だってほかにある。どちらかと言えば、地味な部類に入る町なのだ。
「目的まではわかりません。それを調べるのも、私の務めです」
クロムは改めて服を着ると、水原たちに対し頭を下げた。
「――――――人類の危機に相当するかもしれないこの事態、ぜひ、日本の方々にも協力をいただきたい」
「……もちろん。市民、いや、平和に過ごす人々を守るのが、我々の使命ですから」
そうして水原とクロムは、固い握手を交わした。
******
「……で、実際どうするんですか、先パイ」
「そうなんだよなあ」
ホテルから戻り、あてがわれた徒歩市の警察署内のスペースで、水原たちはうなだれていた。
正直、雰囲気に呑まれてあんなカッコつけたものの、実際どうやって真祖なんて倒せばいいのか、皆目見当もつかない。
「やっぱり、あの男の子に協力仰ぎましょうよお」
「あー、それな。「人類の危機だ!」って、もう連絡したんだけどさあ」
水原は肩をすくめて、力なく笑う。
「――――――『こっちも人類の危機なんです』って、断られちまった」
「はあ!?」
人類の危機起こりすぎだろ、と、兼守は絶句するほかなかった。
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