13-Ⅳ ~特級エクソシスト、来たる~

 ――――――日本、徒歩市。成田空港から、おおよそ電車で4時間。絶望的に遠いというわけではないが……。帰りも同じ道程をたどらねばならないとなると、少々うんざりする。

 白いコートの外人の男は歩きながら、満員電車のすし詰め状態を思い出していた。


「以前は車で時間がかかりましたからね。公共交通機関でいいです」


 そう言ったのが運の尽き。JAPANを舐めていたとしか、言いようがない。車移動すればよかったとも思ったが、そうなると今度はTRAFFIC JAM交通渋滞だという。本当に恐ろしく、そして前回の訪日は運が良かったのだろうと、男はつくづく神に感謝する。

 駅を出て、クリスマスムード漂う商店街を歩く。今は日中、さほどめぼしいものもない。まずは然るべき人物と合流せねばと、男は銀色のカバンを片手に足を早めた。


 商店街を市街地方向にしばらく歩いて行ったところに、男の目的地はある。白塗りの建物の上に、大きな十字架。聖教徒の教会だ。

 男がドアを開けると、そこにいたシスターたちが出迎える。みな、日本ではあまりお目にかかることないであろう、白人女性ばかりだ。


「ようこそ、聖教会徒歩支部へ。――――――お待ちしておりました」


 男を出迎えたシスターたちは、皆礼儀正しく礼をする。男はそのまま、奥の詰所へと入った。


「……お待ちしておりました、クロム特級師」

「どうも、ミスター・ラブ」


 詰所にいたのは、大柄の男だった。格好こそ牧師なものの、その体格は隠れることを知らない。さらに、横にいるシスターが、椅子と紅茶を用意する」


「こちら、ダージリンです。お好きでしょう」

「ええ。ありがとう、ミズ・アイニ」


 クロムと呼ばれた男は、椅子に座り、紅茶を飲んだ。一息つくと、カバンをテーブルの上に置く。

 彼らは聖教徒の中でも選りすぐりの、エクソシストであった。


「どうですか。二度目の日本は」

「最悪です。都心部のインフラがここまで劣悪だとは」

「この町は平和なものですが、東京中心部は大変でしょう」

「貴方たちは、この町に派遣されてどれくらいですか?」

「もう、5年になります」


 ラブと呼ばれた大柄の牧師は、そう言って小さく笑った。


「そうですか。5年も……」

「ですが、大きな事件があったのは、ついこの間だけです。それ以外は、特に……」

「――――――例の、邪神降臨事件ですか」


 確か、8ヵ月ほど前だろうか。この町のちょうど真裏、ブラジルの都市で、邪神召喚の儀式が執り行われた。

 邪神は聖教徒の福音書にて「世界を7度滅ぼす」とまで言われ、この召喚が世界の最終戦争を引き起こすとまで言われていたのだ。


 その召喚が為されたと聞き、聖教会は大混乱に陥ったが――――――世界は反して、平和であった。

 慎重に捜査すべきであるという上層部の判断により、現地にいたエクソシストのラブとアイニの報告によれば、邪神復活の兆しとして悪魔たちの活性化はあったものの、肝心の邪神についてはついぞ、顕れることはなかったと――――――。


「それからしばらく経ちましたが、まったく音沙汰はなかった。挙句、貴方たちは悪魔の騒動に巻き込まれ、傷を負ったと」

「いやあ、お恥ずかしい」

「貴方は相当タフですね、ミスター。ミズ・アイニに聞いた話では、相当重症だったそうではないですか」

「頑丈が私の、一番の取り柄ですよ」


 はっはっは、と笑うラブだったが、当時の状況を良く知るアイニには、まったく笑えない。全身の骨は折れ、内臓はいくつか潰れて。今こうして無事でいることが不思議なくらいだ。


「……ミズ・アイニ。あの子は――――――タチバナアイは、どうしていますか?」

「あ、はい。今のところ、あの霊とは良好な関係を築いているようです」


 クロムは、ある少女の事が気にかかっていた。以前訪日した際にアイニから相談を受けた、高い霊能力を宿した少女、タチバナアイ。

 件の悪魔騒動で呪いを受けたことで彼女の霊感が刺激され、霊が見えるようになってしまったという。今まで無縁の世界であり、コントロールができずにいた。

 そんな彼女を助けてほしい、と報せを受け、ここよりさらに遠くの田舎まで赴いたら、なんとさらにとんでもない幽霊と、彼女は一緒にいたのだ。


「……そうですか。肝心の霊能力の方は?」

「あの霊が指導したことで、コントロールできているようです」

「それは何よりです。……折角来たし、近いうちに脅かしにでも行きましょう」

「やめてあげてください。クロムさんの真顔は、下手な人の怒り顔より怖いんですから」


 アイニがしょうがない、と首を横に振る。聖教会随一の実力を誇る特級エクソシスト、クロムの冗談は、非常にわかりにくいのだ。


「それよりはお弁当を買ってあげた方がいいでしょう。彼女の家は、お弁当屋なんです」

「ほう、それはいい。ちょうど出かける予定ですし、差し入れに買っていきましょう」

「ええ、そうですね」


 そう言い、3人の目は急に鋭くなる。

 何も、クロムはただ雑談だけをしに来たわけではない。まして、タチバナアイの様子を見に来ただけ、という訳でもない。

 特級エクソシストが来る、ということは、それなりの大事件がこの町に起こっている、疑いようもない証拠なのだ。

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