13-Ⅲ ~ニーナ・ゾル・ギザナリアの激憤~

 Dr.モガミガワの研究所には、色んなものがある。

 ロボットだったりアンドロイドだったり、あるいはなんかヤバそうな生物が培養されているカプセルだったり。


「……なんで、こんなところにこんなもんがあるんだよ?」


 そして研究所内の荷物運びをしている蓮は、バカでかい石の剣を運んでいた。黒曜石で作られているらしいこの剣はごつごつしており、剣というよりも巨大なこん棒に近い。


「重すぎて俺の開発したロボでは運搬できんから、貴様がこれを運べ。力自慢のお前にぴったりの仕事だろう」


 モガミガワはパソコンに向かいながら、蓮に目も合わせずに指示を出す。それで、巨大な黒曜石の剣を、蓮は運び出しているわけだ。


 どうやらこの剣はとある怪人の武器であり、モガミガワは武器のメンテナンスもやっているらしい。さらにプラスアルファで改造、グレードアップを施すため、預かっていたんだそうだ。蓮が行っているのは、その引き渡しである。


「……それにしても……」


 背中に担いだ剣を見て、蓮はずっと思うことがあった。


「この剣、どっかで見たような……?」

『無駄口を叩くな。もうクライアントが来ている。試し斬りもしたいそうだから、エントランスから案内してやれ』

「へいへい」


 無線から聞こえるモガミガワの声にむっとしながらも、蓮は研究所の中をのしのしと歩いていく。

 町の地下に、一体なんというものを作っているのか。モガミガワもそうだが、この町に潜む悪の組織の根深さにも、蓮は辟易した気持ちになる。こんなのいくらヒーローとかが頑張っても無駄じゃないか、と思わなくもない。


 そして、ずかずかと歩いてようやく、モガミガワの言っていたクライアントのところへとたどり着く。


「あ、あれか。おい、アンタ! これ、アンタのだろ」

「ああ。ありが――――――」


 エントランスで待っていた大柄の、褐色肌の女。あれがクライアントか。そう思っている蓮の顔を見て、当の彼女は信じられないものを見る目をしていた。


「――――――はあああああっ!?」

「ん?」


 蓮はその女の顔に、見覚えがある。そして、この大剣。


「……ああ、なんだ。アンタ、いつか闘技場で戦った奴じゃねえか」

「な、な、な……なんでお前がここに!?」


 確か……ニーナ・ゾル・ギザナリア、だっけ? そういやなんか女怪人のボスだって言ってたような気がする。

 そんな彼女が、自分を見て驚くのも無理はない。一度彼女と戦った時、結構完膚なきまでにボッコボコにしたからな。当時のことを考えれば、そんな自分がこんな研究所で下働きしていれば、驚くのも無理はない。


「ま、色々あってな。ほら、こっちだ。試し斬りするんだろ」

「あ、ああ……」


 蓮はギザナリアに黒曜石の大剣を渡すと、ギザナリアも大剣を担ぐ。そして、蓮の後ろに案内されて歩き始めた。


 ちなみのこの黒曜石の剣、重さは50tである。


******


「うるああああぁああああああああっ!!」


 轟音と共に、黒曜石の剣が軽々と振り回される。試し斬り用に用意されたロボットたちが、粉々に砕けていった。


「……おおー……」


 蓮はそれを、何の感慨もなく見ている。別にこれくらい、驚くことではなかった。なお、あくまで蓮にとってではあり、仮に一般人がこの光景を見たら呆然とするほかない。


「うん、以前より重さがまして、威力も上がってるな」

『表面を黒曜石にして、中には特殊合金を詰め込んでいる。密度も硬度も、メンテナンス前の5倍にはなっているはずだ』


 モニターからモガミガワの声が響いた。その言葉にギザナリアはうんうんと頷く。


「いい仕事だ。さすが、仕事だけはまともよな、貴様は。男としては最低以下だが」

『――――――黙れ、売女ばいため』


 何かほかに、いい悪口が浮かばなかったのだろう。モガミガワはぶつん、とモニターを切ってしまった。


「……小僧」

「あん?」


 ギザナリアの話し相手は、モガミガワから蓮へと変わった。大剣を研究所に突き立てると、わざわざ蓮の隣に座る。


「……お前、なんでこんなところにいるんだ」

「俺だっていたくているわけじゃねえ。仕事なんだからしょうがねえだろ」

「仕事?」

「クリスマスが終わるまではここに缶詰めなんだよ。あの野郎のせいでな。クリスマスにテロでも起こされたら、たまったもんじゃねえ」

「……なるほど、か……」

「何が?」

「いや、何も」


 ギザナリアはなんだか一人で勝手に納得したようで、大剣を床から引き抜くと、再び軽く素振りを始める。そしてひとしきり終わったところで、「もういい」と部屋を出た。


「……まあ、色々大変だが、頑張れよ」

「アンタに言われなくたって、頑張るしかねんだよ、こっちは」

「はっはっは! 相変わらず小憎たらしい奴だな」


 そう言いギザナリアは、蓮の頭を掴むと、わしゃわしゃと髪を撫でまわす。


「うわ、何すんだよ、やめろよ!」

「あ、すまん。つい癖でな。お前くらいの年ごろの構成員が、わらわの組織には多いんだよ」


 そう言いつつ、蓮の反撃が来る前に手を放す。エントランスに戻ると、そのままひらひらと手を振って去ってしまった。


「……ったく、何だったんだ、アイツ」

『ニーナ・ゾル・ギザナリア。女性怪人のみの悪の組織「ゾル・アマゾネス」の首領だ。あんなんだが、この町ではトップクラスの強さの怪人だぞ』

「へえ……」

『気をつけろ。アイツらは部下を増やすために、強い男の種を欲しているからな。貴様、目をつけられたかもしれんぞ?』

「うへえ、マジかよ……」


 なんだかむず痒くなった尻をぼりぼりと掻きながら、蓮はエントランスから別の仕事をするために、研究所へと戻っていった。


******


 ニーナ・ゾル・ギザナリアが地下を進んでいくと、部下が2名、出迎えに来ていた。


「お疲れ様です、ママ」

「うむ」

「「デストロウム」は……?」

「見ての通り、ばっちりだ。さすがはモガミガワだな」


 部下に大剣「デストロウム」を渡すと、ギザナリアはみるみると身体が縮んでいく。あっという間に、人間の女性の平均身長よりも、少し高いくらいの体型に変化した。


「じゃ、私はこれから会社に戻るから。お前ら、それアジトにしまっといてくれ」

「かしこまりました」


 部下2人は、よろよろしながら大剣を運んでいく。自分が持ってった方が、はるかに速いのだが……。ま、これも鍛錬だ。

 1人になったギザナリアは地下に(勝手に)作ったエレベーターで、ビルの中に入る。そこは、彼女が経営する「アマゾネス人材派遣サービス」のオフィスだ。

 社長室に入り、PCで「内藤麻子」の出勤状態を「外出」から「在席」に変える。そしてようやく、身体をうーんと伸ばした。


「はあああああああああ~~~~~~……」


 あまりにもびっくりしすぎて、気疲れしてしまった。なんであの研究所に彼がいたのか、

理解に苦しむ。

 思い出すと同時、電話をかける。コールは3回ほどで、すぐに相手は出た。


『もしもし。なんですか、ギザナリアさん』

「アザト・クローツェ! 貴様、何考えてるんだ!」

『はい? 何のことでしょう?』

「とぼけるな、あの子のことに決まってるだろう!」

『ああ、蓮さんのことですか。会ったんです?』


 電話の向こうでも、へらへらと笑っていることがわかる。それがさらに、ギザナリアをいら立たせた。


「おまえもしかして、ここ2年もずっと派遣してるんじゃないだろうな!」

『本人の了解は取ってますよ?』

「それで家のクリスマスパーティーに、あの子は全然出られないのか!」


 紅羽家でも毎年、クリスマスパーティーをやっている。紅羽家母のみどりはイベントごとが大好きなので、ハロウィンやクリスマス、更にはイースターまで、ことあるごとにパーティーをしているのだ。

 そして彼女のOL時代の後輩である内藤麻子も、そのパーティには頻繁にお邪魔させていただいているのだが。


「あれ、蓮ちゃんは?」

「なんか、忙しいんだって」


 ここ最近、蓮がクリスマスのパーティーに参加している記憶がない。そして、七面鳥を焼いているみどりの表情は、とても寂しそうだった。


 ――――――まあ、蓮ちゃんも年頃ですからね。友達付き合いとかあるんでしょ。

 ――――――そっかあ。何だか寂しいわねえ、母親として。

 ――――――仕方ないですよ。男の子なんてそんなもんですから。


 なんて、当時は思っていたギザナリアだったが、いざ実態をこうして知ってしまうと、むかむかと怒りがこみあげてくる。蓮がこんなに大変だったのに、自分はのんきに「先輩のチキン美味ーい!」と味わっていた事実だ。

 その怒りは、自然と蓮をこんな目に遭わせている、アザト・クローツェにぶつけられる。


「……どうしても、あの子はクリスマスに帰れないのか!?」

『むしろクリスマスを乗り越えないとダメなんですよ。モガミガワさんの場合』

「そうかあ……あのアホ科学者をミンチにしてやれば、問題は解決するが……」

『世界中の悪の組織を敵に回しますよね、それは』


 というか、「ゾル・アマゾネス」も非常に困る。それくらいに、モガミガワの技術力に悪の組織は依存していた。あんなのに依存していていいのか? と思わなくもないが、実際想定をはるかに凌駕する科学技術を持っているのだから仕方ない。


「……くそう、せめてどんなに泣いて頼まれても、絶対に抱かれてやらないくらいしか、妾にできることはないか」

『わざとらしく誘惑してから手痛く突っぱねるとかどうです?』

「お前も参加してどうするんだ。大体あの子をアイツのところに派遣してるのは、他でもないお前だろうに!」


 言いたいことは言ったので、ギザナリアは電話を切る。荒ぶる怒りを無理やり押さえ込むと、今度は別のスマホで電話をかけた。

 とりあえず、「見かけたけど元気そうだから心配ない」としか、先輩にかける言葉は見つからなかった。

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