13-Ⅱ ~立花愛とクリスマスパーティー~

「え――――――っ!? 蓮さんが!?」


 安里探偵事務所にて、立花たちばなあいは大きな声を出してしまった。それは、紅羽蓮がクリスマスまでの間、事務所に来ることがほとんどないということを知ったからである。


「そういえば愛さんは今年から入ったから、知らないんでしたね」

「なんだか随分と長い事一緒にいる気がしてたから、言うの忘れてたわ」


 探偵事務所正社員の安里あさと修一しゅういち朱部あかべじゅんは、互いに顔を見合わせる。立花愛がこの事務所に入所して、おおよそ8ヵ月ほどに差し掛かろうとしていた。


「……じゃあ、このシフト表、やっぱり間違いじゃなかったんだ……」


 愛はバイトのシフト表を見ながら、うーん、と唸る。蓮のところが、ずっと「特別出張」で埋まっている。


「うーん、そっかあ。蓮さん、忙しいんだ」

「どうかしたんですか?」

「いやあ、良かったら、事務所でクリスマスパーティーでもしようかと思って……」

「ほう、クリスマスパーティーですか」


 安里は自分のデスクに肘をついて、乾いたように笑った。


「それはいいですねえ、是非やりましょう。そういえば今まで、事務所でクリスマスパーティーなんてしたことなかったですしね」

「え? でも、蓮さんは……?」

「大丈夫ですよ。直接顔を出せなくても、現代にはビデオ通話という便利なものがあるじゃないですか」


 安里のにこりと笑う返しに、愛は「はあ……」と頷くほかなかった。


****


「残念だったな。小僧と宴ができなくて」


 探偵事務所からの帰り道。とぼとぼと歩く愛の背後から、声をかける男が居た。

 その男は宙に浮いているのだが、周囲にいる人は誰も気づかない。それは、彼が幽霊であるからだ。


(……別に、蓮さんはあくまで参加できないだけであって、クリスマスパーティー自体はできるからいいんですっ)


 愛も、幽霊相手に声を出すことはなく、念話での会話を行う。自然と行う様子から、すっかりこの会話方法も慣れたものであった。


(……それにしても、私。まだ、安里探偵事務所に入って、1年も経ってなかったんだなあ)

「お前が俺を呼び起こしたのも、まだそんなもんだったんだな」


 なんだか、もっとずっと一緒にいるような気がするが。そんな違和感を覚えながらも、愛はやっぱりため息をつく。


「にしても、くりすます、か。俺にはよくわからんな」

(夜道さんにはわからないと思いますよ? 外国のイベントですから)

「西洋、なあ。海を越えるだけで、随分と文化が違うもんだ」


 そうは言うこの幽霊、霧崎きりさき夜道よみちだが――――――海どころか、地球という枠組みを越えている疑惑がある。彼が生きていたころの伝説が、「剣豪ヤトガミ」として宇宙中に語り継がれているのは、愛の学校の同級生より聞いた話だ。銀河を越えた方が文化は違うだろうと、愛は思う。


(イエス・キリストっていう、神の子? の誕生日なんですって)

「……となると、みかどの誕生日みたいなもんか」

(みかど、って……)


 霧崎夜道が生きていたのは平安時代だ。愛は歴史の授業でしか知らないし歴史のドキュメンタリーやドラマでしか見たことがないが、当時は天皇が今よりもはるかに権力を持っており、積極的に政治を主導していた時代だ。

 天皇とは神の子孫であると言われ、朝廷をめぐり、様々な争いが起こっていた時代。天皇は神に等しい、という点では、キリストに近い――――――というか、ちょっと上?


(まあ、今でも天皇誕生日は、祝日ではあるけど……)

「それならなんとなくわからんでもないか。要するに、なんらかの理由をつけて騒ぎたいということなんだろ」


 そんな身もふたもない、と愛は言いかけたが、正直日本人はそういうてらいがあると思っている。ハロウィンだって、元々は子供が仮装してお菓子をもらうイベントだったはずなのに、今ではコスプレするイベント、のような立ち位置になっている。


(……まあ、当たらずも遠からずというか……)

「それで宴か。となると、ますます小僧が来れないのは惜しいんじゃないか?」

(だ、だから、私は別に……! そりゃ、蓮さんが来れないのは、残念ですけど……)


 そんな風に、普通の人には見えない隣人と会話をしていると。

 どん、と。愛の肩が誰かにぶつかってしまった。


「あ、ごめんなさい!」

「いやいや、気にしないで」


 ぶつかったのは男だった。背の高い、ブラウンの髪。すこし白っぽい肌に、同じくブラウンの口髭。ナイスミドル、いや、ナイスエルダーを感じさせるような、精悍な顔つきに刻まれたしわが、逆に好印象を与える。そんな男である。目の色も日本人ではない。恐らく、ヨーロッパの人だろうと、適当にあたりがついた。


「……お嬢さん、何か?」

「えっ?」


 思わず見とれてしまった愛に、男はにこりと微笑む。愛はなんだか恥ずかしくなってしまった。男が流暢な日本語で訪ねて来たので、びっくりしてしまったのもある。


「い、いや……! そういう訳じゃ……!」

「そうかネ。……じゃ、失礼するヨ」


 男はそのまま、人混みに紛れて消えてしまう。愛はぽかんとしたまま、彼の背中を見つめていた。


「……かっこいいおじさまだったなあ」

「おい、愛」

(……なんですか?)


 訝し気な声をかける夜道に愛が振り向くと、彼の表情は少し険しくなっていた。


(どうしたんですか? 怖い顔して)

「アイツ……を見た」

(え?)


 幽霊である、霧崎夜道の姿を認識できる。それは、並の人間にできることではない。霊能力に優れているか、それとも――――――幽霊側の存在か。


「俺の顔を見るなり、そそくさと去っていった。……もしかしたら、危うかったかもしれないぞ」

(そんな、まさか……)


 そう言いつつも人混みに消えた背中を追う愛の視線には、少々の怯えの色が浮かんでいた。

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