13-Ⅰ ~紅羽蓮の、最悪なクリスマス~
クリスマスが今年もやってくる。悲しかった出来事を消し去るように。
雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう。
そんなBGMを聞きながら、
「……はあーあ」
紅羽蓮にとって、クリスマスの楽しげなムードは、苛立ちを思えずにはいられなかった。
「まったく、本当に気が滅入るな。クリスマスなどというのは」
その原因は、隣にいる、細い胸に腹の少し出た、瘦身の白衣の男。
「……俺はテメーのお目付けしなくちゃいけねえから、気が滅入ってんだよ」
「だったらほっとけばいいだろう。その間に俺様は、あらゆるカップルたちがどんなに気を付けても感染する性病ウィルスをばらまくだけだ。「性の6時間」を地獄に変えてやる」
「そんなんだからモテねえんだよテメエはよぉ!」
悪の天災科学者、Dr.モガミガワ。37歳独身、ついでに言うと童貞。童貞は
30歳を超えると魔法使いになると言われているが、こいつの生み出す発明も半ば魔法みたいな、とんでもない事態をしばしば引き起こしている。
そんなコイツの発明へのモチベーションは、この時期になると最高潮に達するのだ。理由は言うまでもない。
リア充、滅ぶべし。それがこのバカで天才な科学者の原動力だ。そして困ったことに、これでコイツの発明は、世界中の悪の組織が欲しがる代物。大抵暴走するのだが、暴走させなければ億単位以上の金が一気に動く。そういう男なのだ。
「……何が悲しくて、お前みたいな寂しいオッサンの付き人なんてしなくちゃならねえんだか」
「ふはははは、残念だったな。大方、あの
「考えるわけねーだろ! テメーみたいに色ボケしてねえんだ、こっちは」
モガミガワの細い尻を蹴り飛ばし、蓮は悪態をついた。そりゃ、悪態もつきたくなる。何しろ、まだ12月の5日。肝心のクリスマスはあと20日も後だというのに。それが終わるまで、自分はこの男とずっと一緒にいなければならないのだから。
「……はあ」
「さっきからため息ばっかりつくんじゃない。こっちまで辛気臭くなるだろうが」
「誰のせいだよ、誰の!」
「いいから、とっとと
どの悪の組織も、モガミガワに新兵器を依頼しているらしい。モガミガワの発明は再現することが相当難しいらしく、一度作った兵器も再び作ってもらう、なんてこともあるようだ。お陰でモガミガワの研究所は大忙し。まさに「師走」だ。
なので、紅羽蓮が派遣されたのである。その目的は、あまりにも膨大すぎるモガミガワの、年末限定の助手だ。主な仕事は肉体労働と、単純作業。
そして、蓮はこの期間からクリスマスが終わるまでの間、モガミガワがとんでもない発明に走らないかお目付けしなくてはならない、という仕事でもあるのだった。
「とりあえずもろもろの食材の買い出しは終わったから帰るぞ。たまった仕事を片付けるために、当分ラボに缶詰めになるからな、そのつもりでいろ」
「わかってるよ。なんだかんだで、今年で3回目だからな」
正直言って、蓮もこの時期のこの仕事については慣れていた。安里探偵事務所に入って2年、毎年この仕事を押し付けられている。
「ふん、こうして1人でもリア充的なクリスマスパーティーを阻止できるというなら、今この状況も多少の留飲は下がるというものよ」
「ホンットーにしょうもねえ。モテねえ性格してるよな、アンタ」
「やかましい。……ほら、こっちだ」
モガミガワの研究所は、定期的に場所が変わっている。以前、擬人化光線銃の乱射事件があった時の研究所は、すでに引き払われていた。この科学者は悪の組織のクライアントが多いが、一方で敵も多い。日々の襲撃を考慮して、一ヵ所にはなかなか留まれない男だった。
路地裏のマンホールから下水道に入る。鼻のいい蓮にとって、下水の匂いは非常にきつい。顔をしかめながら進んでいくと、急に近代的な空間に躍り出た。
いや、近代的というのは、つい一瞬の事。あっという間に、現代科学を著しく超越した、未来的、機械的な空間に変貌する。
「相変わらず、アンタのラボは時代がおかしいんだよな」
「とある悪の組織には、200年先の技術だと言われている」
ふふん、と笑いながら進むモガミガワだが、その姿を「凄い」とも「うらやましい」とも、蓮はちっとも思わなかった。その技術を手に入れるために犠牲にしたものが、あまりにも大きすぎる。研究所の中に入っていく彼の背中は、ひどく小さく煤けており、そして、寂しそうだった。
「……結局、時代相応が一番ってこったな」
蓮もため息をつくと、研究所の中へと入っていく。
結構でかい研究所なのに、生活スペースは6畳くらいの1Kスペースしかなかったのが、蓮をより一層もの悲しい気分にさせた。
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