12-エピローグ ~美味しいご飯は、みんなを幸せにする。~

「いやあ、良かったですねえ。蓮さんも、いい場面に遭遇できたんじゃないですか?」

「まーな。普通に学生やってちゃ、まずないだろうよ、あんな場面」

「それもそうですけど。愛さんとも結構いちゃついたみたいで」


 笑う安里の顔面が、漫画の様につぶれる。蓮は不機嫌そうに、再びいつもの応接ソファに寝転んだ。


 「てくてくロードオータムフェス」は、大成功に終わった。新進気鋭のアイドルのライブ、そして生まれ変わった商店街飲食店のリニューアルオープン。こんなににぎわっていたのを見たのは、蓮は生まれて初めてだった気がする。


 そして、この事件に関連することが、オータムフェスが終わってから、矢継ぎ早に起こった。


 まずは、美味フーズの株主総会。米浦常務率いる第一営業部時代からの粉飾決算が明らかにされ、社長側から厳しい追及があった。


「実は地紋会は、常務側の総会屋的な役割も担っていたんですが……」


 蓮が叩きのめしたおかげで、もれなく全員欠席。なお、今頃は牢の中だろう。倉庫から戻るとき、怪人特課に通報しているから。

 結果、米浦常務を含む第一営業課は、皆懲戒処分となった。第一営業課に残っていた社員たちは皆、米浦の下、地紋会とのつながりを知っていた者たちである。彼らが営業や集金に出なかった理由は、この株主総会で明らかになった。地紋会が取り立てを行い、入金してくることを知っていたからである。


「……地紋会、別に怪人になんてならなくたって、強くなる方法なんていくらでもあるだろうにな」

「いやあ、蓮さんが何言っても、嫌みにしかならないと思いますよ?」


 強いとか、結果を残しているとか、実績のある人間の言葉は、時に誰よりも持たざる者を傷つける。そうなると、たとえ正論を振りかざしても、理解されることは難しい。


「アドバイスとして素直に受け入れられるならいいですけど、そうできない人の方が多いでしょうからね。だから世の中、上手く行かないわけです」

「……そんなもんかね」

「そんなもんです。蓮さんだって、例えば亞里亞ちゃんにゲームのことでアドバイス受けても、上から目線で物言いやがって、ってなるでしょ?」

「そんな事……」


 ない、と言おうとしたが……。実際、言われたらむかつく気がする。結局、「むぐう……」という曖昧な返事しかできなかった。


「まあ、別にそれが悪いわけではないんです。誰だって、素直に納得できないことはあるでしょうしね。逆に、驚くほどすとん、と腑に落ちることだってある」


つまり、自分が納得できる方法を、色んな情報の中から探していくしかないのだ。


「……怪人になる、ならないもそれぞれの選択肢でした。彼らなりに、裏社会で生きていく術を探して必死だったんでしょう。僕はそれを、否定はしませんよ」


 安里はにこりと笑い、コーヒーを飲みほした。

 否定はしないが、肯定するとも、彼は一言も言わなかった。


******


 そして、美味フーズを取り巻く、大きな事件が2つあった。


 1つは、前社長である美味勝太郎が、体調不良からの肺炎により、死亡したこと。このニュースは徒歩市の新聞でも大きく取り沙汰された。葬儀には実に3000もの人が集まったという。ニュースを見ていた蓮だったが、一番驚いたのは、その葬儀の映像がテレビで流れた際、喪主の真保が号泣していたことだ。


(……やっぱり、親父とは、仲良かったんだな)


 会社の対立したと言っていたが、彼の様子を見るに、心の底から父が嫌いではないと、蓮は思っていた。あの男はつくづく、不器用で真面目なのかもしれない。


「……もしもし、親父か?」

『蓮? どうした、急に』


 なんだか無性に、父に電話したくなって、蓮は国際電話をかけた。

 話したのは、本当にとりとめもない話である。バイトの話、学校の話、後は依頼の話など。電話はほんの10分くらいだったが、それでも満足いく時間だった。


「パパに電話してたの? や~ん、それなら言ってよ、蓮ちゃん。ママも、パパといっぱいお話したかったのに~」


 母にごねられまとわりつかれて、それからすぐにげんなりしてしまったが……。


******


 そして、美味フーズに起きた、もう1つの事件。これはとても、喜ばしい事件だった。


 ――――――加藤美恵が、快復したのである。


******


「ずっと、暗い道を、光に向かって走っているような、そんな感じでした。それで、光が近づいてきていたんですが――――――」


 意識を失っていた時のことを、加藤美恵はこう語っている。


「光にいよいよ入る! って所で、前を遮る人がいたんです。……おかしい話なんですけど、その人が……美味勝太郎さん、先代社長で」


 正直な話、加藤美恵と勝太郎に、接点はほとんどない。精々、同じ会社の平社員と社長、くらいのものである。そんな彼が目の前に現れたことに、加藤は驚きを隠せなかったらしい。


「先代社長は、光の方にどうしても通してくれなくて……。なんで邪魔するんですかって聞いたら、君にはこの光はまだ早い、って……」


 そして勝太郎に後ろに突き飛ばされたら、今度はずっと後ろに下がっていき、やがて――――――。


「……というところで、目が覚めたんです」


 というのが、加藤美恵の証言だった。それを聞いた安里探偵事務所の面々は、皆うーん、と腕を組んでいる。


「どう思います? 霊能力者の立花愛さん」

「え、ここで私に振るんですか!?」

「当たり前でしょ。この中じゃ一番専門じゃない」


 むしろこの場面で振らないでどこで振るんだよ、という空気に愛はパニックに陥った。


(……ど、どうなんですか、夜道さん!)

「うーん、別になくはないんじゃないか?」


 現役バリバリの幽霊であり、霊能力について詳しい霧崎夜道きりさきよみちは、こう語る。


「心霊現象なんて、それが本当かどうか、霊でもわからんからな。実際に見たわけじゃなし、何とも言えん。だが……」

(だが?)

「――――――その方が、お前らの言うところのというのがあっていいんじゃないか?」

(そんな、適当な……!)


 とはいえ、専門家の意見。目の前で無碍にするわけにもいかないので。


「そ、そうですねー。心霊現象なんて、それが本当かどうか、霊でもわからないですし、実際に見たわけじゃなし、何とも言えないですけど、ロマンがあっていいんじゃないですかねー……」

「おお、見事にコメンテーターみたいに答えてきましたね……」


 振ったはずの安里の方が、なぜかちょっと驚いていた。なんで? という訝しみの視線を、愛は安里に送る。


「……でも、良かった。加藤さんが無事に戻って来て……」

「近いうち、商店街で快気祝いをするそうですよ? メールが来てました」

「……これで、ようやっと全部終わったか……」

「まあ、強いて言えば和子さんの借金が残ってるんですがね」

「……さすがにそれはノーカンで勘弁してくれよ……」


 蓮はうーんと身体を伸ばして、そのまま応接用のソファに寝転んだ。


 思えば、たかが商店街のトラブルかと思いきや、事件だったり怪人だったり、結局大事になっていたという印象だった。

 かと思えば商店街の飲食店復興なんて、やったことのないことに挑戦して、その疲労は半端ではない。筋トレで、普段使わない筋肉を鍛えた気分である。

 そんな中、ギャンブル中毒でこさえた借金の問題など、さすがに解決する余裕はなかった。

 ごろごろしていると、突如として蓮の腹の虫が鳴る。


「……ああ、腹減った」

「そう言えば、もうお昼ですね」

「じゃあ、『おさき』に行きましょっか。実は、お昼の買い出ししてないんですよ……」


 蓮たちは「おさき」に着くと、すでに達人の座を引退した先田が、「いらっしゃいませ」と物腰丁寧にあいさつをしてくれる。


「じゃあ、いつもの……あれ?」


 ふと、蓮が気づいた。新メニューがある。ジャンボミックスフライ定食だ。


「これ、新メニューか?」

「……あっ!」


 パッと見て、蓮よりも過敏に反応したのは、意外なことに愛である。


「……さ、先田さん、これ……! ホントに、メニューに入れちゃったんですか!?」

「どういうことだよ?」

「ああ、それですか。立花さんが先日、「蓮さんってジャンボミックスフライが大好きなんですよねえ」って言っていたものですから。メニューに入れてみました」


 のんきに話す先田だったが、当の愛は蓮の横で、顔が真っ赤になっている。


「……わ、私、唐揚げ定食で……」


 そして、すたすたと座敷へと移動してしまった。


「……人の好物、勝手にペラペラしゃべるなよ……!」


 同じく蓮も顔を真っ赤にしていたが、結局ジャンボミックスフライ定食を食べた。


 ――――――味はとっても、美味かった。

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