12-ⅩⅩⅩⅥ ~商店街の結末~

「……いかがでしたか、社長」


「更科」の店主が問いかける中、真保まさやすはハンカチで口を拭き、マイ箸を拭い、懐にしまっていた。そうして、ようやく息を吐く。


「――――――そうですね。一つ一つの感想を言わせてもらえば――――――。「更科」さん、蕎麦はとても良かったです。ですが、かまぼこのすりおろしが今ひとつでした。もう少し、すりおろしをしっかりしたかまぼこを使用すべきです」


 真保は次に、各料理への講評を始めた。


「つゆも、少し昆布の旨味が強すぎるように感じました。出汁を取る時間を、もう2分ほど早めれば、よりほかの素材の風味を活かしたつゆになるでしょう」

「な、なるほど……」


「更科」の店主は、講評に怒るでも悲しむでもなく、メモを取っていた。


「次に、「西筒シャーピン」さん。麺の茹で具合が、少し柔らかいと感じました。太麺なので、のど越しよりも歯ごたえがあった方が良いと感じます。スープは鶏ガラと煮干しですね。バランスよく、出汁が取れていたと思います」

「な、なるほど……ありがとうございます」


「西筒」の店主、西田も、懸命にメモを取る。ほかの店主にも、同様に講評を述べていった。


(……あんなに食ってたのに、味とか食感とか、全部覚えてるもんなのか?)

(そうだよね……私だったら、1つ食べたら前の味とか、結構忘れちゃうのに……)


 ひそひそと話しながら、蓮は店主たちの変貌っぷりにも驚いていた。恐らく、以前の店主たちだったら、こんな講評も流し聞きで、翌日には忘れていただろうに。


(……よっぽど、お前の説教が効いたのか……)

(やめてよ、今思い出しても恥ずかしいんだから!)


 愛は顔を真っ赤にして、肘で蓮のわき腹を小突く。

 そんな後ろのやり取りに気付くことなく、真保は淡々と講評を述べていった。


「――――――こんなところでしょうか」

「……ありがとうございます」


 すべての講評が終わり、店主たちは頭を下げた。真保は立ち上がり、頭を下げている店主たちをじっと見やっている。


「――――――皆さん、お顔をお上げください」


 促された店主たちが顔を上げて見た真保の表情は、相変わらず厳しい表情だった。


「結論から申し上げます。美味よしみフーズは、すべての商店街との取引を打ち切る方針で決定いたしました。先代の勝太郎の意思についても、彼と相談の上での決定です。なので、このてくてくロードも例外ではありません」


 真保が告げたのは、残酷な現実だった。店主たちは閉目していたが、その後ろにいた店主の家族たちの数名は、がっくりと肩を落とし、中には泣いている者たちもいる。


「――――――そうですか」


「更科」店主は絞り出すようにつぶやくと、再び深々と頭を下げる。


「――――――今まで、本当にありがとうございました」


 それに返すように、今度は真保が頭を下げる。


「……こちらこそ、お力になれず、申し訳ありません」


 真保の声も、絞り出すような声であった。


「……今まで滞っていた料金の方は、必ずお支払いいたしますので……どうか、計画についても、今後ご相談させていただけませんか」

「……そのことですが」


 真保はカバン手元のカバンから、とあるパンフレットを取り出し、机に並べていく。それが何なのかは、蓮たちにもわからなかったが……どうも、食品卸売おろしうりの会社のパンフレットのようだった。


「これ、は……?」

美味フーズうちが懇意にしている同業者です。その中から、『てくてくロード飲食店組合』さんと取引をしてもよい、という企業を、いくつかピックアップしました」

「え……!?」


 血の気が失せていた店主たちの顔に、少しずつだが血色が戻っていった。


「……この中のどの企業と取引をするかは、皆さんにお任せします。価格などの交渉も。ただ……このいずれかとの取引になった場合、金額の1割ほど、こちらへの支払に充ててもらえるよう、どの企業にも話は通しています」

「……そ、それじゃあ!」

「――――――当分、厳しい戦いにはなるでしょうが。皆さんは飲食店を続けることができますよ」

「あ、ああっ……!」


 店主たち、その家族の目に、涙が溢れた。そして、その喜びの感情は、到底抑えることなどできはしない。


「「「「「……やったぁ―――――――――っ!!!」」」」」


 店主たち、その家族たちは、手放しになって喜んだ。涙を流し、抱き合い、肩を叩き合う。


 そしてそれは、その光景を間近で見ていた愛にも伝播していた。


「わああああああああああ! やったよおおおおおおおおおおっ!!」


 愛が泣きながら抱き着くのは、当然一番近くにいる蓮である。


「蓮さん、やったよ! やったよぉ! 良かった、良かったよぉ……うう、ぐすっ」

「わかったから、わかったから、落ち着け……!!」


 愛に密着され、肩をグワングワンと振り回されながら、蓮は愛の手を叩く。

彼の顔は、髪の色、目の色と同じくらいに、真っ赤になっていた。


「……ゴホン!」


 真保の咳払いで、宴会ムードはピタリと止まる。愛も、慌てて「ひゃああ!?」と言って、蓮から飛びのいた。それはそれで傷つく。


「……皆さん、あくまでもこれは、スタート地点です。これからこの商店街やお店がどうなっていくかは、皆さんの努力次第であるという事、忘れないでください」


 真保の言葉に、その場にいた全員がうなずく。店主の家族や蓮たちは正直あまり関係ないのだが、つられて頷いていた。


「……今回、美味フーズとしては、皆さんにお力添えすることはできません。これは、会社としての方針です。いくら代表取締役でも、私の一存で変えることは、到底できません」


 そこまで言い、真保は初めて、穏やかな表情になった。


「……ですが、美味よしみ真保まさやす個人としては、皆さんにはこれからも頑張ってほしい。そう思える、皆さんの料理への姿勢を見せていただきました」

「美味社長……」

「――――――皆さんの料理、とても美味しかったです。改めて……ごちそうさまでした」


 そう言い、深々と真保は一礼した。


 店内の誰かが、拍手をする。意外なことに、「西筒」の西田が、率先して拍手していた。つられて、他の面々も次々と拍手を始める。それは店主の家族から、伝播して蓮たちも。


 やがて、「更科」にいた全員が、真保に惜しみない拍手を送っていた。

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