12-ⅩⅩⅩⅤ ~最終決戦(食)~
「――――――来ていただき感謝します。
「更科」の店主は、帽子を取って頭を下げた。いや、「更科」だけではない。飲食店組合の各店の店長たちが、狭い店内に揃っている。
「松さんに頼まれましたし、ここにいる紅羽さんたちにも助けていただきましたからね。来ないわけにもいかないでしょう」
真保は先ほどまでの穏やかな雰囲気ではなく、すでにビジネスマンとしての厳しい顔つきに変わっている。これが、彼の仕事時の姿、言わば戦闘モードなのだ。
「……はっきり申し上げます。私たち飲食店組合に、今現在美味フーズさんへの支払いをする能力はありません。申し訳ない」
「更科」店主は深々と頭を下げる。ほかの人たちも、同時に頭を下げた。美味社長は、じっとそんな彼らを見やっている。
「……ですが、必ずお支払いします! そのために、必要な事……努力や工夫を、私たちは、怠ってきました。それが、この事態を招いてしまったと、猛省しております」
そして、それぞれの店主が、厨房から皿を持ってきた。それぞれの、店ごとの料理である。いずれも「達人」と一緒に、イチから叩きこまれ、研鑽し、磨き上げてきた味の一品だ。
「……今回、この料理を作るために、たくさんの方の助けを借りました。蓮くんや愛ちゃん、「達人」の方々、松さん……そして、私たちを心配してくれた、加藤美恵さん。そんな人たちへの感謝の気持ちを込めて、この料理を作っています。どうか……試食していただけませんか」
どの料理も、少し離れている蓮たちの鼻孔を、香ばしく刺激する。何だか見ているだけで、お腹がすいてくるようなものばかりだ。
「おお……美味そう……!」
「しっ!」
蓮を制す愛だったが、そんな彼女の口の中も、よだれがいっぱい出ている。
一方
「――――――わかりました。いただきます」
そして、最初は「更科」の蕎麦に手を付けた。箸で蕎麦を一本掬い、啜る。
それだけで、なんだかものすごい緊張感があった。店主たちの顔には、脂汗がにじんでいる。蓮も愛も、なんだかできる限り息を止めないといけないような、そんな張りつめた空気が、「更科」店内を包んでいた。
真保は次に、付け合わせのかまぼこ、鶏肉に手を付けた。ゆっくり、ゆっくりと咀嚼し、味わっていく。呑み込んだのち、つゆに手を付けていった。
そして。およそ15分ほどで、真保は蕎麦を完食した。それこそ、つゆの一滴も残さず。ハンカチで口を拭う。
たった15分。それなのに、数時間が経過したようなプレッシャー。それは凄まじいものだった。蓮はこの場に安里たちがいない理由を察していた。こうなることがわかっていたから、敢えて来なかったのだ。アイツら……! 愛に至っては、あまりの緊張感に耐え切れず、水を飲みまくっている。
「次、お願いします」
「はい!」
真保はほとんど休むことなく、続いて「
感想などは、何一つなかった。途中で感想とか挟んでくれればいいのだが、真保は黙食主義なので、おそらくすべて食べるまで何も言わないだろう。それが、この異常なまでの緊張感を生んでいた。
そして、真保はラーメンをも完食した。こちらも、一滴も残っていない。
「次、お願いします」
(……まさか、全部食べる気か!?)
蓮は恐怖すら抱きながら、真保の食事を見守っていた。その後の「ボノ・ボーノ」含む3店の料理も、すべて黙々と食べ続ける。そして驚くべきことに、そのペースは常に一定で、まったく速度が変わらない。すべての食事が、1つにつき15分程度。それを5品、真保は何も言わずに食している。
そうして真保が最後の試食を終えたのは、試食開始から1時間と15分ほどの時間。
だが、当事者にとっては、まるで丸1日立っていたかのような疲労に襲われていた。
「――――――ごちそうさまでした」
「…………ぶは――――――っ!! 終わった――――――っ!!」
真保が食事を終え、放っていたプレッシャーによって発生していた超重力からいち早く解放され、息も絶え絶えになっていたのは、なぜかほとんど関係のない蓮であった。
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