12-ⅩⅩⅩⅡ ~紅羽蓮VSオイスター怪人~

「ぐあああああああっ!!」


 最後の魚頭の怪人が、蓮に蹴り飛ばされて倒れる。ざっと20人くらいだろうか。すっかり魚臭くなってしまった倉庫で、立っていたのは蓮と、地紋の2人だけであった。


「……テメエ……!」

「後はお前だけだぞ。どうする?」

「ぐっ……!」


 20人という人数と戦っていたはずなのに、蓮は傷一つ負っていない。それどころか、息切れすら起こしていなかった。

 地紋は少し後ずさると、ストライプのジャケットを脱ぎ捨てた。


「……このガキが、調子乗ってんじゃねえ! はあああああああ……!」


 地紋は全身に力を込めると、その身体がめきめきと変容する。まぎれもなく、怪人の変身だ。それも、取り巻きのようなクスリを使っての、無理やりの変身ではない。明らかに、正規の怪人化手術を受けたものだった。

 上半身が強固な黒い鎧のようなものに覆われ、腕と足にも同様の模様のプロテクターが現れる。鎧の中から、ずるりと軟体のような頭部が露になった。

 そして溢れる磯臭さ。これは、まるで――――――。


「……牡蠣かきか?」

「死ねえっ!」


 怪人となった地紋はドスを構えて襲い掛かってくる。特殊な攻撃とかないんかい、と思ったが、蓮はドスを受けると、そのまま蹴りを放った。


「ぐっ!」


 しかし、攻撃はさほど手ごたえがなかった。強固な殻に阻まれてしまったのである。どうやら、蓮の想定よりも殻は硬いようだ。


「オラオラぁ!」


 なるほど、この硬さこそが武器か。手足のプロテクター代わりの殻の硬度を活かした接近戦。先ほど蹴った感触だが、おそらく並みの銃弾くらいなら弾くだろう。そんな硬いもので殴られれば、膂力が低くても殺傷力は高い。

 おまけに、だ。


「ぜえい!」


 突き出されたドスを躱すと同時、蓮は腕をひねってドスを落とそうとする。しかし地紋の腕は、ひねった方向に抵抗することなくひん曲がってしまった。


「何?」

「うらあ!」


 一瞬ひるんだところで背中を蹴り飛ばされた。コイツ、貝の怪人になっているからか、関節などは逆に軟らかくなっているのか。なんて面倒な……。


「……はははあ、やっぱりちゃんとした怪人は違うな。金さえあれば……あんな粗悪品ゴミじゃなくて、ちゃんとした怪人化手術を受けられる」

「そうまでして、怪人になりてえのか」

「黙れ! テメエみたいなガキに、何がわかる!」


 地紋は激昂した。悪の組織に追いやられている自分たちの境遇など、この少年にわかるわけがない。こいつらは、怪人に屈辱を受けたことなどないのだろう。


「悪の組織なんてもんがなければ、俺だってこんな姿にならなくて済んだんだ!」


 裏社会で重要なのは力だ。力がない者は、ある者に支配される。地紋は支配されたくなかった。支配する側に回るには、奴らと同じ怪人になるしかなかったのだ。


「……で、怪人化の手術は、どこで受けたんだよ。……そんな嫌な悪の組織に金払って、頭下げたんだろ?」

「――――――黙れえええええええ!」


 地紋はドスを構え、突進していた。頭に血が昇っていた。それがいけなかった。


「死ねええええええええ!」


 突き出したドスを持っている腕を、蓮は右のこぶしでかち上げた。あまりの衝撃に、思わず目を細める。


 信じられない光景だった。強固なはずの腕のプロテクターが、ひび割れて砕けていたのだ。


(……なっ……!? バカな! コイツ、俺のを――――――!)


 そして、右のこぶしは握られたまま、構えられている。


「……っ!! ぐおおおおおおおおおっ!」


 地紋はガードしようとするが――――――片腕がかち上げられ、間に合わない。

 まるでスローモーションのように、蓮のこぶしがゆっくりと、地紋の胸の殻にぶち当たる。殻はまるで当然かの様に蓮のこぶしによって割れていき、やがて――――――。


「――――――ぎゃあああああああああああああああっ!」


 蓮のパンチが殻を粉砕し、地紋の胸へと届いた。その衝撃に、地紋の身体ははるか後方へと吹き飛ぶ。後方のコンテナを粉砕して突っ込んだ中で、地紋は意識を失っていた。

 完全にノビているやくざどもをほったらかして、蓮は倉庫の中を探る。お目当てのものは、すぐに見つかった。

 地紋のノートPCだ。それを手に取ると、倉庫を出る。


「――――――蓮さん!」

「おう」


 倉庫を出ると、外に逃げていた愛たちが待っていた。そこには、真保と、娘のひよりが据わっている。少し離れたところで、安里たちが車の中で待っていた。


「終わったぞ。ほれ」

「それが、地紋アイツのPC?」

「ああ。……アンタ、大丈夫か?」

「あ、ああ。ありが――――――うっぷ!」


 蓮が真保の元へと近づいた時。


「おえええええええええっ!!」


 真保は盛大に吐いてしまった。


「お、おい! 大丈夫かよ、アンタ!」

「お、俺に……ち、近づかないでくれっ! 頼む!」

「ああ!?」


 命の恩人に何て言い草だ、と文句を言おうとしたが、愛がポンポンと蓮の肩を叩く。

彼女は、目を細めて、鼻をつまんでいた。


「……蓮さん、生臭い」

「え?」


 先ほどまで魚介系の怪人と戦いまくっていたせいか、蓮の身体にも磯臭さがばっちりついてしまっていたのである。

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